第103話 再び森へ

 俺が今いるのは王都の近くにある森の中だ。前回の探索から約三週間後の今日、二回目の探索が行われている。

 探索の場所は前回向かったところのさらに奥。さっきから新たな食材の宝庫で、俺のテンションはこれ以上ないというほどに上がっている。


「パトリス、これも採取したい! ヴィッテ部隊長、今度はこっちに行くよ!」


 王家で雇われている冒険者リーダーのまとめ役であるパトリス、それから魔法陣魔法が使える部隊の部隊長であるヴィッテ部隊長。今回もこの二人が同行してくれている。


「こちらも根から掘り返しての採取で良いでしょうか?」

「ううん。その木は枝をいくつか切ってくれれば大丈夫。枝を植えるだけで根付くと思うから。あとはいくつか育ってる実も採取してくれる?」

「かしこまりました」


 パトリスに指示を出して冒険者の皆に採取を頼んでいる間に、次に採取する作物を騎士の皆と見つける。その繰り返しだ。もちろんニルスとフレディも俺に付いてくれている。


「フィリップ様、足元お気を付けください」

「ありがとう」


 たまに魔物は現れるけど問題なく倒せる程度の相手ばかりで、今のところは問題になっていない。

 この前の全く魔物が現れない森の様子は、やっぱり異様だったと実感している。今日の森はとても健全で探索していて安心だ。


 調味料になるものをいくつか手に入れられたし、果物も見つけた。野菜の種類も増やせたし今日はかなりの収穫だ。俺はほくほくとした気分で森をさらに奥へと進んでいき……視界の端に動くものを捉えて動きを止めた。


「皆、ちょっと止まってくれる?」

「……何かありましたか?」


 俺は全員の足を止めて、左斜め前の森の奥を凝視した。今あそこに何か魔物がいた気がするんだけど……


「あっ、ニワールだ」


 何匹も動いてるから群れかもしれない。絶対に捕まえたい!


「魔物ですか? 強い相手でしょうか?」

「ううん。攻撃力は強くはないんだけど繁殖力が高くて、食用になる卵を産んでくれる最高のやつなんだ。倒さないで捕まえたいんだけど……できる?」


 ニワールは雌なら毎日数個は卵を産んでくれて、栄養満点で食料に最適なのだ。雄と交配させれば数もどんどん増やせるし、この国にいたら栄養不足解消にかなり貢献してくれるだろう。

 数年で卵を産まなくなるけど、そうなったら食用の肉として最後まで役に立ってくれる。ここは絶対に捕まえて街で育てたい。そろそろ畜産も活性化させたいと思ってたんだ。


 ちなみに現在この街では、ごく少数だけど畜産が行われている。といってもホーンラビットというかなり小さくて弱い魔物を、柵の中で育てて自然交配で数を増やしているだけだ。

 ホーンラビットは育てたところで可食部は少ないし、繁殖力もそこまで高いわけじゃないし……ニワールに置き換えたい。


「どのような攻撃をして来るのでしょうか?」

「魔法は使えないから攻撃と言えるのは突進ぐらいかな。でもどちらかといえば、臆病だから俺達が近づくと逃げちゃうと思うんだ。だから皆で取り囲んで捕まえないとダメかも。捕まえる時は、額に小さなツノがあるからそれだけは注意してね」

「かしこまりました。それならば捕まれられそうですので、作戦を考えましょう」


 それからヴィッテ部隊長の指示によって騎士は五つのグループに分かれ、ニワール捕獲作戦が実行されることになった。もちろん俺も魔法陣魔法で参加する。


「フィリップ様、我々が逃したニワールを氷で捕らえていただけると助かります」

「うん。できる限りやってみるよ。ニワールの群れは何匹いるか分かった?」

「正確ではありませんが、十匹ほどはいるかと思います」

「了解」


 騎士達がニワールの群れを取り囲むのを確認し、俺は唯一作ってある抜け穴の先に待機した。そして少しだけ沈黙が場を支配し……ヴィッテ部隊長の号令で、騎士達が一斉にニワールに向けて駆け出した。


「おおっ、予想以上に上手くいってる」

「良かったです。それにしても、今まで逃してきたのが悔やまれます……」


 俺の近くでフレディと一緒に護衛として待機してくれている騎士が、悔しそうに呟いた。今まで冒険者や騎士達は、ニワールをたまに目撃していたらしいのだ。

 でもすぐに逃げてしまうし、わざわざ追いかけて倒す必要もないので放置していたんだそう。


「まさかわざわざ捕まえるほどに肉が美味くて、さらに卵も頻繁に産むなんて……鳥なのに侮れませんね」

「確かにニワールは、鳥系の魔物の中では異質だよね。他の鳥系の魔物って、可食部が少なくて美味しくないことが大半だから」

「そうなのです。なのでわざわざ捕まえようと考えもしなくて……これからは絶対に捕まえます」


 騎士は拳を握って固く決意している。この国の人達はずっと食料不足の中で生きてきたから、食料になるという言葉に弱いのだ。その言葉さえあれば、皆が全力で頑張ってくれる。


「よろしくね。ニワールはトウモやムギを食べるから、それもたくさん育てないとだよ」

「かしこまりました。そちらもたくさん採取します」

「フィリップ様、二匹走ってきます!」


 騎士と話をしていたら、囲い込みから逃れたニワールが俺達の方に走って来たようだ。俺はニルスの声かけによってそのことに気づき、ニワールにバレないように息を潜める。

 そして十分に近づいたところで、魔法陣を描いてニワールの足元を凍らせた。


 バキバキっと暖かい日中の森の中にはそぐわない音が辺りに響き、ニワールを捕らえることに成功した。ニワールは羽を広げてバタつかせ鳴き声を上げているけど、逃げ出せはしないようだ。


「フィリップ様、お見事です」

「ありがとう。でもニルスだってできると思うよ。タイミングだけ測ればそこまで難しくないから」


 俺はニルスとそんな話をしながら立ち上がり、隠れていた茂みから外に出た。ふぅ、上手くいって良かったな。


「誰かニワールを捕まえてくれる? それから向こうで捕まえたニワールも……そうだね、木箱に入れて連れ帰ろうか」

「かしこまりました」


 それからは騎士達が捕まえたニワールを木箱に入れて、連れて帰る準備を済ませた。捕らえられたニワールは騒いでかなりうるさいので、これは早めに帰ったほうが良いかもしれない。他の魔物を誘き寄せそうだ。


「あっ、パトリス。作物の採取はどう?」

「ちょうど終わりましたのでこちらに来たのですが、これは何の騒ぎでしょうか?」

「ニワールって魔物を捕まえたんだ。これから街で育てようと思って。食料になる卵を毎日産んでくれるし、食用の肉としても美味しいから」


 俺のその言葉に、パトリスとその後ろに続いていた冒険者の皆が瞳を輝かせる。やっぱり食料になるってこの国では強い言葉だな。

 この森の探索だって、食料事情を改善するためにって名目だからこそ、この前あんな危険な目にあったのにこうして皆が参加してくれてるんだし。


「私達も木箱を運ぶのを手伝います。生きている魔物は空間石に入りませんよね」

「そうなんだ。だから抱えて帰らないといけなくて」

「かしこまりました」


 それからは皆で力を合わせて木箱を運び、ニワールの鳴き声に釣られた魔物に襲われながらも、なんとか街まで帰還することができた。

 よしっ、疲れたけどここからが大切だ。早くニワールの住居を整えて、作物も植え替えないと。とりあえずコレットさんと話し合いだな。

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