第106話 アプルの美味しさ

 俺はアプルの実を受け取って、改めてその実をまじまじと見つめた。ハインツの時に食べていたアプルとほとんど変わらない見た目だ。赤く綺麗に熟れていて、ずっしりと重くて身が詰まっていそう。


「間違えて空間石から出しちゃったみたい。これがさっき植えた枝が、木になると付ける実だよ」


 ちょうどいくつかのアプルが収穫できる程度まで育っていたので、味見も兼ねて屋敷で食べようと採取していたものだ。

 

 ……皆にはいつも助けてもらってるし、ここで食べるのもありかもしれないな。屋敷には数個だけでも十分だろう。


「へぇ〜、こんなものが木に生るんですね」

「そう。美味しいか分からないけど食べてみようか」

「え、いいんですか!?」

「もちろん。どんなものになるのか知ってた方が、育て甲斐もあると思うし」


 俺はそう話をしつつ、空間石からナイフを一本取り出した。何かと便利なのでいつも持ち歩いているのだ。


「誰か皮を剥いたりできる人っている?」

「フィリップ様、私がいたします」

「ニルスできるんだ。じゃあお願い」


 ニルスは俺からナイフを受け取ると、水筒に入っていた水で手を洗ってから、器用に皮を剥いていった。皮が途中で途切れないので本当に上手い。


「ニルスって器用だよね……」

「ありがとうございます。こういう細かい作業は得意なんです。こちらは皮を剥いたらどのように切り分ければ良いのでしょうか?」

「普通に半分に切って、それぞれ四つずつぐらいにさらに切り分けてくれれば大丈夫。でも中に芯があるから、そこは切り取って欲しいかな」

「かしこまりました。フィリップ様、お皿を二枚出していただけますか?」


 ニルスは俺が渡したお皿を庭師の一人に手渡すと、一つのお皿に可食部を、もう一つのお皿に皮や芯を入れて上手くアプルを剥いていった。そしてものの数分で、お皿に綺麗に向かれたアプルが盛られた状態になる。


「お待たせいたしました」

「ニルスありがとう。これで手を洗って、それからナイフもすすいでくれると嬉しい」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 小さな桶に水を溜めてニルスに渡し、庭師からアプルが載ったお皿を受け取った。そしてニルスの片付けが終わったところで全員を呼ぶ。

 アプルを数えてみると、ちょうど人数分になるように切り分けてくれたみたいだ。


「皆、一人一つ食べてみて。さっき植えた枝が育つと付ける実だよ」

「ありがとうございます!」


 皆は果物を食べるのは当然初めてなので、高揚した様子でアプルを手にしていく。俺が果物はとにかく美味しいらしいと説明したからか、皆の中で期待が高まっているようだ。

 俺もこの世界で初めての果物なので、期待に胸を膨らませてアプルを手に取った。


「光の神、ティータビア様に感謝を」


 皆で祈りを捧げてから、さっそくアプルを口に運んだ。シャキッという音と共に口の中に入ってきたアプルは、噛めば噛むほど甘い果汁が溢れてくる。


 ……ヤバい、めちゃくちゃ美味しい。


 ハインツの時に食べたら、なんてことはない普通のアプルだっただろう。少しハズレだなとさえ思っていたかもしれない。

 でもこの世界では絶品だ。瑞々しいものを、こうして本格的に甘いものを、そして生でも美味しいものを、この世界では初めて食べた。

 

「フィリップ様……この世にこんなに美味いものがあったなんて、本当に驚きです」

「衝撃的な味すぎて、なんと言ったらいいのか分かりません」

 

 初めて果物を食べた皆は、驚愕というにふさわしい表情を浮かべていた。つくづくこの国の人達の食文化は酷かったな……魔物の方が果物を食べていた分、人間より食生活が豊かだった可能性まである。


「美味しい?」

「もちろんです! 美味しすぎて、飲み込んでしまうのが勿体ない気がします」

「ははっ、ずっと噛んでたらさすがに味は無くなるよ。こういう果物を、誰でも好きなだけ食べられるような国にしたいんだ」


 俺がそう呟くと、庭師の皆もコレットさんも、ニルスとフレディも、皆がやる気に満ちた様子で拳を握った。


「お手伝いいたします」

「フィリップ様の身の安全は、絶対にお守りいたします!」


 まずはニルスとフレディがそう宣言すると、その後に他の皆も同じようにこれからの抱負を語ってくれた。

 アプルの効果が凄いな。今までも真剣に働いてくれてた皆だけど、これからはより積極的に働いてくれそうだ。


「ありがとう。これからもよろしくね」

「フィリップ様、こちらの皮と芯は食べられないのでしょうか?」


 庭師の一人が皮を入れたお皿を覗き込んでそう口にした。俺はその言葉に苦笑しつつ、小さな桶に水を入れる。


「皮は水で洗えば食べても大丈夫だと思う。芯も美味しくはないと思うけど、一応食べられるよ。でも種は体に悪影響があるから食べないでね。それに種は植えればアプルの木が増やせるし」

「かしこまりました!」


 俺のその説明を聞いて皆はタネだけ取り除くと、皮を洗って芯はそのままで口に運んだ。そして数回咀嚼すると、微妙そうな表情を浮かべる。特に芯が微妙みたいだ。


「……予想より、美味しくありませんでした」

「やっぱりそうだよね。アプルは芯と皮以外が美味しいんだ。その二つはニワールにあげれば喜んで食べてくれると思うよ」

「そうなのですね。ただ食べないのも勿体ない気がします」

 

 それから皆は微妙そうな顔をしながらも、アプルの皮を食べ切って、芯はさすがにニワールにあげることにしたらしい。ニワールのアプルの芯への食いつきは凄かった。雑草なんて目じゃないほどの勢いだ。


「よしっ、じゃあ今日はこれで終わりにしようか。もうすぐ暗くなるし」

「そうですね。また明日の朝に様子を見に来ます」


 コレットさんはやる気に満ちた、頼もしい表情でそう言った。


「俺も来る予定だよ。もし俺が来なかったらなんだけど、明日の天気が良かったら多めに水をあげて欲しい。あと落ち着けてなさそうなニワールがいたら、別で小さな囲いを作って、一人の時間を作ってあげたいんだ」


 ニワールはストレスを感じすぎると卵を産まないから、この辺の配慮は大切なのだ。快適に過ごしてもらって、少しでもたくさん卵を産んで欲しい。


「かしこまりました。では明日は水やりから始めておきます。皆さんもよろしくお願いします」

「分かりました。明日はまず畑に来ますね」


 そうして皆と明日の動きについて話をして、俺はニルスとフレディと共に屋敷に戻った。

 これからまた忙しくなるだろうけど、どんどん生活が豊かになっていくのが凄く楽しい。これからも頑張ろう。

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