第61話 製氷器作製 前編
ファビアン様とマティアスとこれからの予定について話し合った次の日。俺は早速シリルと共に魔道具作製部屋にいた。
「シリル、これから先一ヶ月は製氷器を二人で作ることになったんだ」
「また新しい魔道具ですね」
「うん。ちょっと難しいけどシリルなら作れると思うから、空間石の練習は一度中断してしばらくは製氷器の方に注力してほしい」
「かしこまりました」
シリルは頼もしい表情で頷いてくれる。最初の頃は頼りない雰囲気もあったんだけど……最近は顔付きも変わってきた気がする。もう弟子というよりも頼れる仲間だ。
「じゃあ製氷器の形を考えて設計図を作るところからやるから、今回はシリルも最初から手伝ってね。設計図の書き方も学んで欲しい」
俺は椅子をシリルの方に近づけて、作業机の上に二枚の紙を置いた。片方は俺が描くためのもので、もう片方はシリルに俺の描き方を真似て描いてもらう。
「まずはどんな形にするかを決めるんだ。それによって魔法陣の内容も変わってくるから」
「どんな形というのは……給水器の完成形のように、どのように設置するのかも併せてということでしょうか?」
「そういうこと。どんな形が良いと思う? ちなみに製氷器は貴族家や商家に買ってもらうから、個人所有するものになる。基本的に使い道は食料の保存だね。夜は涼しくて氷はいらないから、暑い昼間に使うものになると思う」
俺のその言葉を聞くと、シリルは顎に手を当てて斜め下を向き真剣に考え始めた。そしてしばらくあーでもないこうでもないと、いろんな案を出しては自分で却下して……最終的に一つに決まったようだ。
「引き出し付きの箱型はどうでしょうか? 両手で持てる程度のサイズにすれば設置する場所は自由に決めてもらえますし、作り出した氷を取り出すのも容易だと思います。また引き出しを取り外せるようにしておけば、清潔に保てます」
予想以上に良い提案だった……このまま採用しても良いくらいだ。実際に前世でも似たような商品があった。この形は作り出す氷の大きさや数を変えても適用できるから、これから先のことを考えても凄く便利なのだ。
「シリル、凄く良いと思う。それで作ってみようか」
「え……良いのですか?」
「もちろん。でもいくつか修正しよう」
俺は設計図に大きさを正確に書き込みながら、箱の形を描いていく。魔法陣は箱の上部に設置するので良いだろう。
「シリルは両手で持てる大きさって言ったけど、もう少し大きくても良いと思う。氷は大きいほど溶けにくいから」
「確かにそうですね」
「だから厨房に置くことを考えて、邪魔にならない最大の大きさを考えよう」
それから何回か修正しながら、箱の大きさが正確に決まった。さらに木板の厚さもミリ単位で指定する。この国の技術ではここまで正確に作ってもらえないだろうけど、これに寄せようと頑張ってくれるだけで問題ない。少しズレても支障がないように魔法陣を調節すれば良いのだ。
「設計図はこんなものかな」
「ここまで細かく描くのですね……私はあまり上手く描けませんでした」
「最初だから仕方ないよ。うん、初めてにしては上出来」
シリルの設計図を覗き込んで本音でそう言葉を掛けると、シリルは嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
「ありがとうございます。こうして設計図を決めてから、魔法陣を構築するのですね」
「そう。例えば今回のだと、木板の厚さを考慮した内側の空間の大きさがあるでしょ? その大きさよりも、少し小さめの氷が出現するように設定するんだ。さらに氷の出現場所も正確に指定しないとダメだよ」
魔法陣を刻んだ魔鉱石を箱の上部に嵌め込むけど、魔鉱石から箱の内部に辿り着くまでに……木板の厚さが一センチはあるはずだ。
「氷の出現場所は、魔鉱石の真下に二センチズレたところからにしよう。そこから氷の縦の長さは空間の縦の長さよりも二センチぐらい小さくして……さらに横の長さも少し小さめにする。食料保存が目的なら氷の温度はそこまで低くない方が良いからそう設定して、さらに溶けた水を使えるように不純物がないようにする。……うん、こんなものかな」
俺は紙に書き出した魔法陣を持ち上げて見直し、満足して一つ頷いた。
「やはりフィリップ様は凄いですね」
「あっ、ご、ごめん。一人で勝手に魔法陣を決めちゃった……」
シリルに話しかけられるまで、隣でシリルが見ていることを忘れていた。魔法陣に集中しちゃうと周りが見えなくなる悪い癖だ……もっと気をつけないと。
「大丈夫です。とても勉強になりました」
「それなら良かったけど……じゃあ、この魔法陣はとりあえず見ないで、さっきの俺の様子を思い出しつつ自分で魔法陣を描いてみてくれる?」
俺はやらかしたことを挽回しようと、シリルにそんな提案をした。そしてシリルの前にまっさらな紙を置く。するとシリルは表情をより真剣なものに変え、ペンを持って紙に向き直った。
「かしこまりました。やってみます」
シリルは既に慣れた様子で魔法陣を描いていき、いくつかの神聖語を書き込んだところで手の動きを止めた。ここから先が複雑なところだから難しいのだろう。
「フィリップ様、神聖語の単語集を見ながらでも良いですか?」
「もちろん。調べながらやってみて」
まだシリルは全ての神聖語を覚えているわけではないので、書き込みたい言葉が神聖語で出てこなくて書けないということが多々ある。さすがに数ヶ月で神聖語を完璧に習得できるなんて思ってないので、この辺は仕方がない部分だろう。
それからシリルは単語集で分からない言葉を調べて、文法も曖昧なところがあったのか俺の授業の時に取っていたノートを確認して、そうして時間をかけながらも魔法陣を作り上げていった。そして数十分後にペンを置く。
「できました。……確認お願いします」
緊張の面持ちで紙を手渡してきたシリルの様子に俺も少し緊張して、いつもより丁寧に紙を受け取った。そして内容をしっかりと確認する。
「うん、よく出来てるよ」
「本当ですか!?」
「もちろん嘘なんてつかないよ。でもそうだね……二箇所修正すべき場所と、三箇所修正した方が効率が良くなる場所があるかな」
でもこの程度ならすぐに改善できるだろう。近いうちにシリルだけでも魔法陣を作り出せそうだ。
「教えていただけますか?」
「もちろん。まずは修正すべき場所からね。場所はこことここなんだけど、理由は分かる?」
「……あっ、一つ目は分かりました。文法が違いますね」
「そう。じゃあ魔法陣の外側に、修正した文を書き込んでおこうか」
「かしこまりました」
間違えてる箇所を教えるだけですぐに気付けるのなら、本当にあと少しで完璧な魔法陣が描けるようになるだろう。シリルの成長が凄すぎて、俺が抜かされないように頑張らないとだ。
「……フィリップ様、もう一つの場所の間違いが分かりません」
「ここは文法というか単語の選択間違いかな。この文を読んで、その通りのことを頭の中で想像してみたら分かるかも」
「文を読んで……えっと、魔法陣の真下に垂直方向に二センチ移動した場所から上方向に……あれ。ここ下方向ですね」
「そう、正解。そこを下方向にすれば、とりあえずこの魔法陣は問題なく発動するよ」
この程度のミスは魔道具師でもたまにやらかすから、自分で見直しして気付けるようになれば大丈夫な程度だ。
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