第60話 これからの予定 後編
「これは私の意見ですので正解かどうかは分かりませんが、先ほど話に上がった製氷器が使えると思います。今のところ魔道具製造は王家の専売特許ですので、王家で製氷器を作って貴族や富裕層に売るべきです」
最初に製氷器を広めるべきだと発言したのはファビアン様だったし、もしかしたらファビアン様はここまで考えてたのかもしれないな……もしそうなら本当に頭の回転が早い。将来が楽しみな王太子殿下だ。
「そしてその売上を使って……公共事業を始めるのはどうでしょうか。例えばこれから普及させたいと思っていた、石鹸を作る工房を各地で王家が運営するとか」
石鹸は一番簡単な作り方のものなら、この国でも辛うじて作れるはずなのだ。上手くいけば市中にお金を流すことができて、かつ衛生状況の改善もさらに達成できる。
「その工房で働く人達は王家から給料を受け取ります。そしてそのお金で作物を買ったり服を買ったり家具を買ったりするでしょう。するとそれらのお店を営む人達がお金を得て、またその人達がお金を使います。……こんなに上手くいくとは思えませんが、発想は大きく外れていないはずです」
実際にやってみるしかないけど……そこまで人口は多くないんだし、意外と上手く回る可能性はあると思う。この街の人達は良くも悪くも貯金という概念があまりないから、皆がお金を溜め込んで結局回らないなんてこともないはずだ。貯金しておいたら盗まれる心配もあるから。
「フィリップ、流れは分かったんだけど……貴族ってそんなにお金を持ってるのかな。貴族家でも貧しい家はあると思うけど」
「確かにそうなんだよね……でもやっぱりこの国の中では一番お金を持ってる人達だから、そこからお金を回収して国全体に回すのが早いんだ。一部にはかなり溜め込んでる家もあると思うし。ただ税金をもっとちゃんとして、国も貴族も稼げるように改革は必要だと思う」
フィリップになって一番驚いたことはと聞かれたら、税の杜撰さだと迷わず答えるほどにこの国の税はいい加減なのだ。物々交換なんてしてるから消費行動に税をかけることができないし、その代わりに一応人頭税が定められているけれど、それもあまり機能していない。
お金を持ってない平民が貨幣で払うことなんてできないから、作物で払ったり布で払ったり、とりあえず何かしらを納めれば良いといういい加減さだ。しかも戸籍などなくてどれだけの人が王都に住んでいるのかも曖昧なので、税を納めていない人がいても分からない。
こんな状態では税の制度なんてあってないようなものだ。最初に聞いた時はよくこれで国が回ってるなと……不思議なぐらいだった。
「地方まで改革の手はまだ伸ばせてないけど、そのうち改革が広がれば自ずと貴族達も稼げるようになるだろうし、それまでは溜め込んでたものを吐き出してもらうぐらいの考えで良いんじゃないかな」
貴族の領地まで改革を広げてから……なんて言ってたら、いつまで経っても進まない。一応王家で行った王都改革計画の内容は貴族に公開してるし、優秀な貴族は少しずつ領地にも改革を広げてくれるだろう。
給水器と降雨器は王都と平等に、領地の広さで個数を定めて渡すとも言ってあるから、問題なく進められるはずだ。実際に父上は給水器と降雨器を持って、一週間前に領地へと旅立った。今頃は領地に住む領民達も、魔道具の恩恵を受けている頃だろう。
「分かった。ではまずやることとして、製氷器を売り出して王家で資金を確保する。そしてその資金を使って公共事業として石鹸工房を作る。さらに税の仕組みを整備し直す。これで良いか?」
ファビアン様が完璧に理解してくれてる……本当にこの人は凄い。ファビアン様が次期国王だというだけで、この国の未来が明るい気がしてくるな。
「仰る通りです。税に関してはできれば戸籍を作り、子供が生まれた時と人が亡くなった時に報告を義務付けたいです。そしてその報告を受けるために、各地区ごとに公的機関を設置するのが理想です。またこれは各領地にも早急に広めてもらうべきかと」
「それはまた時間と労力がかかりそうだ……でもこういうのって最初にしっかりしないと、後から厳しくするのは大変だよね。ファビアン様、ここは多少無理してでも制度を作りましょう」
マティアスのその言葉にファビアン様が頷いてくれたので、俺達のこれからの大仕事は、戸籍づくりと税の仕組み作りになった。大変だけど頑張るしかない。
「そうだな。ではその二つの仕組み作りと並行して、製氷器販売と石鹸工房の設立を行おう。他に何かやるべきことは思いつくか?」
「……実はもう一つ公共事業としてやりたいことがあるのですが、下水道の整備です」
「確かにそうだな……下水道こそ国の管理が必要だ」
でも難点としては、下水道を整備したとして国がすぐに儲けを出すことはできないという点だ。もちろん完成したら使用料を払って貰えば良いんだけど、それまでの期間は収入がない状態で事業を進めないといけない。今のラスカリナ王国にそこまでの体力はないかな……
それに下水処理施設を建設するのは街の外になるし、そうなると魔物への対処が可能になってからじゃないと着手できない。
「しかし現状を考えると、下水道整備に着手するのは難しいとも思っています」
俺が先ほど考えた問題点を説明すると、二人は難しい表情で話を聞き、まずはマティアスが口を開いた。
「僕はもう少し後回しでも良いと思う。下水道があればもっと便利で綺麗な街になるのかもしれないけど、今の所は排泄物回収場で事足りてるから」
「私も同意見だな。まだ手を出せる段階ではない」
やっぱりそうなるか……俺としては下水道は早めに整備したいけど、焦っても良いことはないだろう。
「かしこまりました。では下水道については、もう少し後でまた話し合いましょう」
「そうだね。……ではとりあえず直近でやりたいことは、今話し合った内容で良いでしょうか?」
「ああ、私は良いと思う」
マティアスの問いかけにファビアン様が頷き、二人の視線が俺のところに集まった。俺としてはまだまだやりたいことはたくさんあるけど……他に考えてることは魔法陣魔法を使いこなせる騎士が増えて、街の外に気軽に行けるようになってからの方が良い。
「私も良いと思います」
「よし、では決まりだな。とりあえず私とマティアスは戸籍を作る作業に入る。税についてはまとめた知識を見ながら整えるが、フィリップにも手伝ってもらいたい」
「もちろんです。それ以外で私はしばらく製氷器の作製でしょうか?」
「ああ、そちらはお願いしたい」
製氷器は意外と難しいんだけど、空間石の練習をしているシリルなら数日で作れるようになるだろう。でも全ての貴族家と商家に売ることを考えると……三桁は必要だ。二人で作っても一ヶ月以上はかかる。
はぁ……また魔道具を作り続ける日々になるな。早く他にも作れる人が現れて欲しい。何人かたまに魔法陣を発動できる人は現れたんだけど、毎回同じクオリティを確保するのに全員が苦戦しているのだ。ファビアン様もその人達と同じ進捗で、マティアスは……まだ一度も発動に成功したことはない。
「フィリップにばかり負担をかけてすまないな」
「いえ、私こそお二人に難しい手続きを任せてしまって、いつもありがとうございます。他にやりたいことは皆が魔法陣魔法を習得してからになるので、あまり焦らずにゆっくりとやっていきましょう。社会全体を変えるのには、時間がかかると思いますので」
「確かにそうだな」
「焦らずにですね」
これから先の方針が定まったところで三人は顔を見合わせて、お互いを労うように笑い合った。国家滅亡の危機は脱したのかもしれないけど、国を発展させるという点ではこれからが本番となるだろう。
現状は、とりあえず最低限生きていける環境は整えられたという程度だ。これからもっと豊かな生活を実現させるために力を尽くそう。
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