第62話 製氷器作製 後編
シリルは魔法陣の外側に修正後の文章を書き込んで、もう一度自分でミスをした箇所を確認してから顔を上げた。
「ありがとうございます。では修正した方が良い箇所はどこでしょうか?」
「それはこことここ、それからこの文かな。この文はこっちの文章と意味が被ってるんだよね。だからこっちにまとめてこの文は削除できると思う」
「本当ですね。気付きませんでした」
「それからこの文は…………」
修正した方が良い箇所は基本的に意味が被っていたり、回りくどい言い回しになっていた文を簡潔に直す程度だったので、すぐに修正を終えることができた。
「これで完璧だと思う。俺のとは少し違うけど、それは個性の範囲だから大丈夫」
「これ、発動できるか試してみても良いでしょうか!」
シリルは自分で作った魔法陣に興奮しているようで、瞳をキラキラとさせながらそう言った。俺はそんなシリルの様子に苦笑いだ。
「もちろん、一緒に試してみようか。俺は自分で作ったやつ、シリルも自分で作ったやつね」
「はい! 外に行きますか?」
「桶に入り切るぐらいの大きさだし、ここでやれば良いんじゃないかな。そのまま置いて氷を溶かしておけば、最後に道具を洗うのにも使えるし」
「かしこまりました。では早速やってみましょう」
シリルがいつもの倍ほどの素早さで桶を取りに行って、俺に手渡してくれた。そしてお互いに魔法陣を描き始める。俺の方は……問題なく氷が作り出せた。ゴトッという鈍い音を立てて氷が桶に出現する。
そしてその数十秒後、シリルも無事に氷を作り出すことに成功したようだ。見た目では俺のものと全く同じ大きさだし、問題はなさそう。
「成功ですね!」
「完璧だね。じゃあ後は魔道具を作るだけだ」
俺のその言葉にシリルがうっと顔を引き攣らせた。俺はその顔を見て思わず笑ってしまう。
「その魔道具を作るのが大変なんですよ。この魔法陣を彫るのか……成功する気がしない」
「はははっ、大丈夫だよ。何回もやればいつかは成功するから」
「……はい、頑張ります。でも空間石よりは簡単って考えたら、もしかしたら」
確かに空間石があと少しで成功しそうなんだから、もしかしたら一発で成功の可能性も……いや、さすがに初めて彫る魔法陣は難しいだろう。でも二回目ならあり得るかも。
「とりあえず成功させる気持ちで頑張ろうか」
「はい!」
俺とシリルは作業机の上を整えて、それぞれで魔鉱石を削り出した。そして魔法陣を魔力で描き、窓の外に手を伸ばして魔法陣が発動するかを確認する。もう桶には入り切らなかったので氷は外だ。
「発動したね」
「しました」
「じゃあここからは作業が終わるまで、それぞれで頑張ろう」
「はい」
俺とシリルは顔を合わせることなくそう声を掛け合うと、どちらからともなく鉄ペンを持ち魔鉱石に向かった。
ふぅ……俺も気を抜いたら失敗する。気合を入れないと。まずは外側の円から正確に、絶対に魔力を途切れさせないように。
心の中で自分に言い聞かせて、鉄ペンを魔鉱石に触れさせた。ここからはとにかく必死に彫り進めて行くだけ。
――それから数時間後。俺はついに魔法陣を彫り終えた。黒ずんでいるところもないし、歪んでるところも間違えているところもない。窓の外に魔鉱石を突き出して魔力を込めてみても……問題なく発動する。
完璧だ。成功して良かったぁ……俺は隣でまだシリルが真剣に作業をしているので、心の中で安堵の溜息を吐いて背もたれに寄りかかった。そして少し休憩してから魔鉱石と固定版、鉄ペンなどを綺麗に洗って布で水気を拭き取る。
綺麗になった魔鉱石をもう一度固定版に嵌め込むと、ミルネリスの花の蜜を流し込んだ。この蜜を流し込むことで作成者以外にも魔道具が使えるようになるので、この作業をもって魔道具は完成と言える。
作製者が他の人に使えないようにと、ミルネリスの花の蜜を流し込まずに完成とすることもごく稀にあるけれど、俺はそれをしたことはない。俺が自分にしか使えない魔道具にする時は、魔法陣に使用者制限をつけて自分にしか使えないようにして、その上でミルネリスの花の蜜を流し込む。
これを二度手間だと言う人もいるけれど、前者では万が一魔道具が盗まれた場合、ミルネリスの花の蜜を流し込まれたら誰にでも使えるようになってしまう危険性があるのだ。さらにこの蜜は彫った部分が欠けないように保護もしてくれるし、何よりも見栄えが良くなる。
安全性の観点からも見た目の美しさからも、絶対にこの蜜は使うべきだと思うし、この国ではそれを徹底して教えていこうと思っている。
そんなことを考えながらも慎重に花の蜜を注いでいき、少し待って乾いたのを確認したところで製氷器の魔鉱石部分が完成となった。
俺はそれを確認すると、声には出さずに一つ大きく伸びをした。そして隣のシリルがまだ作業中であることを確認して、そっと椅子から立ち上がり部屋の外に出る。
「ふぅ……やっぱり疲れた」
部屋の外に出て緊張感から解放されると、思わずため息と共にそんな言葉が漏れてしまう。今って何時だろう……多分昼食の時間は過ぎてるよね。
俺とシリルは魔道具作製で昼食の時間には食堂に行けないことも多いから、そういう時は二人でかなりずれ込んだ昼食を食べる。俺達の分の昼食は料理人が確保しておいてくれるのだ。
時計が設置してある場所まで散歩がてら向かうと、案の定お昼から二時間ほどが過ぎていた。
「シリルはもう少しかかりそうだったし……二人分の昼食をもらって部屋に戻ろうかな」
俺はそう決めて、椅子に座りっぱなしで固まった体をほぐしながら食堂に向かった。そして食堂に着いてカウンターから厨房に声をかけると、奥から料理長が出てきてくれる。
「いつもすみません。今日も二人分いただけますか?」
「もちろんです。ちょっと待っててくださいね」
料理長は厨房の奥に入り、お皿を二つ手にしてすぐに戻って来てくれる。
「どうぞ。今日はコロッケがひとつ余ったので、お二人に半分ずつ追加しておきました。いつも大変な仕事をありがとうございます」
料理長はニカっと気持ちの良い笑みを浮かべて、俺達を労ってくれた。俺はその言葉が嬉しくて、さっきまで感じていた疲れが吹き飛ぶのを感じる。
「こちらこそありがとうございます。また明日から頑張れます」
最近は俺達が魔道具を作っていることがかなり広まっていて、給水器などで生活が楽になった実感を得た方々に、感謝されることが増えたのだ。
本当に嬉しくてやる気に繋がっている。
俺は行きよりも軽い足取りで魔道具作製部屋に戻り、入り口のドアをゆっくりと静かに開いた。するとドアが開いた音で、シリルがこちらを振り返る。シリルも終わったみたいだ。
「シリルお疲れ。終わったの?」
「はい! フィリップ様、成功しました!!」
「え、本当!?」
俺はシリルの言葉に驚いて思わずお皿を落としそうになり、慌てて真ん中のテーブルにお皿を置いた。そしてシリルの作業机を覗き込む。
そこにあったのは……ミルネリスの花の蜜が流し込まれた、完璧な状態の製氷器の魔鉱石部分だった。凄い、最初から成功するなんて。
「シリル凄いよ……完璧だね!」
「はい! 空間石の練習が予想以上に私の力になってくれていたみたいです」
確かに空間石の方が難易度が高いから、製氷器は成功したのかもしれないけど……それにしてもシリルの才能が凄い。何度驚かされれば良いんだろう。
「シリルは本当に凄いよ」
「ありがとうございます」
俺の賞賛に、シリルは頭を掻いて恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。もう魔道具を作るという技術に関しては、ほとんど教えることはないな。あとシリルに足りないのは、魔法陣を組み立てる知識と神聖語の知識だけだ。
「そういえばフィリップ様、昼食を持ってきてくださったのですか?」
俺がシリルの作った製氷器を見て感動していると、シリルは緊張感から解放されてお腹が空いたのか、テーブルに置いてある昼食に意識が向いている。俺はそんなシリルの様子に苦笑しつつ、自分もお腹が空いたのでとりあえず腹ごしらえをすることにした。
「料理長がコロッケを半分ずつおまけしてくれたんだ。いつもありがとうって」
「それは……嬉しいですね。噛み締めて食べることにします」
「そうだね。お腹空いたし食べようか」
それから俺達は完成した製氷器を横目に達成感を感じながら、料理長の優しさが詰まった昼食を堪能した。魔道具を作り終わった後の食事って、何度体験しても最高だ。
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