第42話 美味しい夕食

「次はいくつかのジャモを、今度は皮を剥いて綺麗に洗って薄くスライスしてくれる? 薄ければ薄いほどありがたいかな」

「かしこまりました」


 クロードは迷いのない手つきで、ジャモを薄くスライスしていく。包丁の性能だってそこまで良くないはずなのに、それを補うだけの技術があるんだろう。さっきからクロードの手際には驚いてばかりだ。

 それから数分で、クロードはジャモの薄切りを終わらせた。


「できました。これをどうするのですか?」

「それを油を多めに敷いたフライパンで焼いて欲しいんだ。そうだね、油はこの辺までお願い」

「結構多いのですね……」


 クロードはそう言いながらも、俺が示したところまで油を入れてくれる。この国でも公爵家なら、なんとか受け入れられる量だったみたいだ。油は使いまわせるから余計にかな。


 それからクロードに揚げ焼きしてもらったジャモを、もう一人の料理人に細かく砕いてもらった。これで下準備は完了だ。


「次はさっき作ったタネを成形するんだ。そして周りに細かくしたジャモを付ける。」


 ここだけは実践した方が早いと思い、俺は手を洗ってニルスに袖を捲ってもらい、一つだけコロッケを成形した。


「こんな感じだよ。あとは油を敷いたフライパンでこれを焼けば完成。油はさっきのやつを使うので良いと思う」


 子供の手で作ったから小さいコロッケになったけど、予想以上に上手くいっている。とりあえず見た目は揚げる前のコロッケだ。自分の手の上にコロッケがあるよ……感動する。

 フィリップになってから塩で焼いた硬くて癖のある肉、茹でただけのジャモ、少しだけ野菜の入った塩味が微かに感じられる程度のほぼお湯のスープ。この三つしか食べてないからね……


「大きさは揃えた方が良いでしょうか?」

「ううん。これは俺の手でやったから、この大きさになっただけだよ。もう少し大きくても良いと思う」

「かしこまりました。では早速作ります」


 クロードがコロッケを作ってくれている間、俺はこの国で作れるソースやその他調味料がないのかを考えていた。コロッケには野菜や果物をベースにして、塩や甘味類、酢などの調味料で味を整えたソースが一番合うのだ。


 でも色々作るためにはとにかく材料が不足してるんだよな……この国で調味料として使われているのはほとんど塩のみだ。他の調味料や香辛料なども森では採取可能だろうけど、今の現状でそれを採取してくることはできない。

 やっぱり今は塩で我慢するしかないか。でも森に入れるようになったら、いろんな調味料を開発したい。それからとにかく穀物も手に入れたい。


「フィリップ様、ひとつ試しに焼いてみましたので、味見をいたしませんか?」


 俺が色々と考えているうちにクロードは成形を終えて、最初に作った小さいコロッケを焼いたみたいだ。お皿に乗っているコロッケは、衣が綺麗には付いていないけど俺の目には最高に美味しそうに見える。


「ありがとう。いただくよ」

「ナイフで切り分けますね。こちらお使いください」


 クロードが渡してくれたフォークを受け取って、お行儀は悪いけれど立ったまま、一口サイズに切られたコロッケを口に入れると……感動して思わず涙が溢れてしまった。


 少しだけ感じられるサクサクとした食感に、中のジャモはホクホクで美味しい。さらに塩のみで味付けしたにもかかわらず、野菜と肉の旨味が出ていて絶品だ。やばい、こんなに美味しいものは久しぶりに食べた。

 多分コロッケの中では最底辺、いやそもそもコロッケと呼んで良いのか分からないけど、俺にとっては泣くほど美味しい。


「フィリップ様、いかがいたしましたか!?」


 クロードとニルスが慌てて俺の顔を覗き込むけれど、俺の涙は止まらない。


「お、おいしくて、本当に……美味しい」


 美味しくて懐かしくて涙が止まらない。コロッケはいろんな場所で食べた思い出がある。その思い出が次から次へと蘇ってくる。


「そんなにですか……?」

「うん、うん。食べてみて。クロードもニルスもフレディも!」


 俺のその言葉に従って全員がコロッケを口に運び……驚愕に目を見開いた。


「……美味しいです。驚くほど美味しくて、言葉になりません」

「これは凄いですね。感動します」

「これを食べてしまったら……他の料理で満足できなくなりそうで怖いです」


 皆にも大好評みたい。これはこの国では革命的な味だよね……もうずっと、毎日三食コロッケで良い。


「フィリップ様、このような素晴らしいレシピを教えてくださり、本当にありがとうございます」

「ううん、こちらこそ作ってくれてありがとう。美味しくて幸せになるね」


 俺は涙を拭って皆に笑顔を向けた。コロッケを食べた一番衝撃的な記憶は、確実に今日この時だ。こうしてフィリップとしての思い出を増やしていけたら良いな。



 それから俺は厨房を後にして食堂に向かった。食堂には既に家族全員が揃っている。俺がレシピを教えているのを聞いて、早くに集まってくれたみたいだ。


「フィリップ、新しい料理を教えてくれたと聞いたぞ」

「はい。今ある材料で作れるものですので一品のみですが、上手くいきました」

「楽しみだわ。フィリップが初めて作ってくれた料理だものね」


 父上と母上が嬉しそうに笑みを浮かべている。二人ともソワソワしすぎだよ。


「母上、作ったのは私ではなくクロードと料理人です」

「そうだけれど、フィリップも厨房にいたんだもの。フィリップが作ったと思っても間違いではないわ。そうよね、あなた?」

「そうだな。フィリップが作ったと言えるだろう」


 本当に優しくて良い両親だけど……ちょっと親馬鹿なところがあるよね。俺はそんなことを思いつつも、両親が俺の料理に喜んでいるという事実が嬉しくて自然と笑顔になる。


「気に入ってもらえたら嬉しいです」

「あにうえ、まだかな? もうすぐ来る?」

「凄く楽しみです!」


 ローベルトとマルガレーテは、とにかくそわそわしていて落ち着かない。それだけ楽しみにしてくれてると、少しだけプレッシャーを感じるな。でもあのコロッケなら気に入ってもらえると思う。


「お待たせいたしました」

「きた!」


 クロードがワゴンに乗せて料理を運んできてくれた。今日の夜ご飯はコロッケとスープみたいだ。


「ほう、これが新しい料理だな」

「はい。コロッケと言います」

「面白い見た目をしている……食べるのが楽しみだ」


 父上はローベルトが待ちきれない様子を横目に見て、苦笑しつつ話を切り上げて祈りの姿勢を作った。


「光の神、ティータビア様に感謝を」


 そして全員で祈りを捧げてから食事開始だ。皆は早速コロッケにフォークを刺して口に運んでいる。


「うわぁ、なにこれ! ぼくこれすき!」

「美味しいです! お兄様凄いです!」


 ローベルトとマルガレーテの二人はマナーなんてどこかに行ってしまったようで、椅子の上で跳ねるようにはしゃいでいる。本当に可愛いなぁ……俺の弟妹は癒しだ。


「これは凄い。まさかここまでとは思わなかった。今まで食べていたものと違いすぎて……言葉にできないな」

「本当に美味しいわ。これを一度食べてしまったら、毎日食べたくなるわね」


 母上のその言葉に激しく首を縦に振りたい。必ず一日一食はコロッケにして欲しいぐらいだ。


「クロード、これはどの程度の頻度で食べられる?」

「そうですね……一食ならば毎日でも可能です。特別なものは何も使っていなく、すぐに手に入る材料ばかりなので。肉の質を維持するのは難しいですが、別の肉で代用もできます」

「そうか、ではこれから毎朝作ってくれないか?」

「かしこまりました」


 これからは毎朝コロッケが食べられるのか! やばい、フィリップになってから一番嬉しいかも。父上ありがとうございます!


「フィリップ、これは広めないのか?」

「広めたいと思ってはいるのですが、他に優先すべきことが多くて手が回らないのです」

「まだ広めてはいけないということではないんだな」

「はい。ティータビア様からの知識を広めるに際し、私には何の制約もかけないと仰っていただきましたので」

「そうか、では公爵家でも少しずつ広めておこう」

「本当ですか。よろしくお願いします」


 美味しいものを食べた方が幸せになれるし、少しずつでも広めてもらえるのならありがたい。そのうちコロッケから派生して、新たな美味しい料理が開発されるかもしれないよね。一度美味しいものを知ると、人間はとことん追求するはずだから……楽しみだな。


 そうして久しぶりの美味しい夕食は終わった。これからはもっと美味しいものを増やしていけるように頑張ろうと、心に誓った。

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