第43話 弟子の成長

 清掃計画開始から一週間が経ち街中が綺麗になってきた頃、王宮では俺の叫び声が響いていた。


「シリル!! 本当に凄いよ!!」

「そ、そんなにでしょうか?」

「こんなに早く発動させられるなんて、本当に天才!!」

「ありがとうございます」


 今俺達がいるのは執務室の端にあるシリル専用の作業机。まだ魔道具師のための部屋は用意してないので、基本的にはシリルも執務室の中で日々勉強をしているのだ。とりあえず魔道具が作れるようになったら、隣の魔道具作製部屋を一緒に使おうと思っている。


「フィリップ、そんなに大声出してどうしたの?」

「マティアス、シリルがもう魔法陣魔法を発動させられたんだ!」

「え、それは凄いね。……というか二人ってそんなに気安い感じだったっけ?」


 マティアスが俺達の下にやってきて首を傾げた。


「今までは丁寧に接してたけど、マティアスと敬語は止めようって話をしてからシリルにもその話をしたんだ。そうしたら丁寧に話されると緊張するから、この方が良いって言われたの」


 今までは子爵家だった前世の癖でとりあえず誰にでも敬語を使ってたけど、今の俺は公爵家嫡男だからあんまり丁寧に話しすぎると逆に気を遣わせるし、敬語を止めた方が距離が縮まるってことに気づいたのだ。

 だからこれからは、たくさんの人にもっと親しく接しようかなと思っている。


「確かにフィリップは公爵家だからね。その方が絶対に良いよ」

「うん、これからはそうする」

「それで魔法陣魔法を発動させられたって、本当?」


 マティアスがシリルに聞くと、シリルは恥ずかしそうに頭を掻きながらも頷いた。


「フィリップ様にもう発動できそうだから魔力で書いてみてと言われて、やってみたら発動しました」

「……本当に凄いね。僕なんてまだまだフィリップにダメ出しされてばかりだよ」


 あれから冒険者も加わって授業を行っているけれど、他の皆はまだまだだ。シリルほどに才能がある人も現れていない。


「マティアスは才能がなくはないと思うよ」

「……何その微妙な感じ」

「なんて言えば良いんだろ。えっと……努力すれば確実に魔法陣魔法を発動させられるようにはなると思う。でも今すぐには無理で、最低でも半年ぐらい頑張れば可能性はある……って感じ」


 才能がない人はいくら練習しても発動できるようにならないし、奇跡みたいな確率で発動できても、それをもう一度再現することができないんだ。

 その点マティアスの様子を見てると、そのうちできるようになるだろうなと思わせてくれるほどは才能がある。


「僕は喜べば良いのかな……?」

「とりあえず喜ぶところじゃない?」

「じゃあ、やったー」

「全然心がこもってないよ」

「だって、微妙な評価だから」


 二人でそんな話をしてふざけ合っていると、俺の叫び声を聞いたからかファビアン様がやって来た。


「何を騒いでいるんだ?」

「ファビアン様、シリルが魔法陣魔法を発動させられました」

「もう発動できたのか……フィリップが強引に雇った人材なだけあるな」


 別に強引ってわけじゃないと思うけど……ないよね? あれ、思い返してみると結構強引だったかな。俺は急に不安になってシリルの顔を覗き込む。


「シリル、ここで働くの嫌だったりしてる? 断れなくて仕方なく働いてるとか……」

「いえ、そんなことはありません。私はここで働かせていただけて本当に嬉しいです。毎日がとても楽しくなりました」

「そっか、それなら良かった。これからもよろしくね」


 安心して頬が緩むのを自覚しつつそのまま手を差し出すと、シリルも笑みを浮かべて握手を交わしてくれた。本当にシリルは良き部下で良き仕事仲間だ。それに驚くほど波長が合うんだよね。もう何年も一緒に働いて来たような錯覚を覚える。


「二人で分かり合ってないで、私にも魔法陣魔法を見せてくれないか?」


 ファビアン様が苦笑しつつそう言ったので、シリルと笑い合うのを止めてファビアン様に向き直った。するとファビアン様が手に持っている紙が目に入る。


「そちらはファビアン様が描かれたのですか?」

「そうだ。先ほどまた描いてみたのだが、フィリップに見てもらおうと思ってな」

「……上手い、ですね」


 かなり驚いた……この短期間でこんなに上達するとは予想外だ。元々才能はあったけど、図や絵のようなものを描いた経験がなかったから最初はダメだっただけなのかも。


「本当か?」

「はい。まだ歪みもありますし正確でないところも多いですが……例えばこの五芒星の外側の装飾文字などは完璧です」

「ファビアン様、何でこんなに上手くなっているのですか。僕なんて全く上達してないのに……」


 マティアスは分かりやすく落ち込みながら、ファビアン様の魔法陣を覗き込んでいる。


「これならば近いうちに発動させられるようになるかもしれません」

「それは嬉しいな。では練習を怠らぬようにする。それで話を戻すが、シリルはもう発動できたのだな?」


 ファビアン様のその問いかけに、シリルは緊張の面持ちで頷いた。俺やマティアスにはもう慣れてくれたんだけど、ファビアン様は王太子殿下だからかまだ緊張が抜けないらしい。


「まだ二度成功しただけですが……」

「二度も成功しているのなら偶然でもないだろう、さすがだな。私にも見せてくれないか?」

「は、はい。かしこまりました」

 

 シリルはファビアン様に見られているというだけで緊張して、手が少し震えている。これだと失敗しそうだ。


「シリル、緊張しなくて大丈夫だよ。別に発動しなくても問題はないし、何度でも挑戦すれば良いんだから」

「……ありがとう、ございます」

「一度深呼吸した方が良いよ。はい吸って〜、吐いて〜」


 俺の掛け声に素直に従って深呼吸を繰り返す。それを何度も繰り返していると、だんだんと緊張も解れてきたみたいだ。


「もう大丈夫かな?」

「はい、落ち着きました。本当にありがとうございます」

「じゃあ頑張って」


 シリルは最後にもう一度深呼吸をすると目を瞑ってしばらく集中力を高め、目を開いたと同時に魔法陣を描き始めた。かなりゆっくりな速度だけど、一定量の魔力が絶え間なく指先に集められていて、着実に正確な魔法陣が描かれていく。

 やっぱり才能あるな……今はこの速度でしか描けないだろうけど、慣れてきたら簡単な魔法陣なら十数秒で描けるようになるはずだ。


「描けました。発動します」


 シリルのその言葉の後に魔法陣が一瞬強く光り、すぐに俺達の頬をそよ風が撫でた。


「おおっ、成功だな」

「は、はいっ! 良かったです!」

「さすがシリルだよ。もうこの魔法陣は問題ないね」

「フィリップ様が丁寧に教えてくださったからです。ありがとうございます!」


 一つの魔法陣が発動させられるようになったのなら、他の魔法陣も少し練習すればすぐに発動させられるはずだから、これでシリルにも魔道具作製をしてもらえる。これからは魔道具作製の時間と魔法陣を素早く描く練習の時間、それから神聖語の勉強をする時間に一日を分けよう。


「じゃあシリル、早速だけど隣の魔道具作製部屋に行こうか。できる限り早くに魔道具を作れるようになって欲しいんだ」

「分かりました。頑張ります」

「ということなので、私も隣に行きますね。今日の分の魔道具も作ってこようと思います」

「分かった、頼んだぞ」

「南区改造計画については僕が詳細を詰めておくから、フィリップは魔道具の方をお願いね」


 そうだ……畑に雨を降らす魔道具、降雨器の方を優先してて、空間を付与した魔道具である空間石をまだ作ってなかった。南区改造計画には必須で、かなり複雑で難しいからシリルには頼めないし、早めに作り始めないとだな。


「分かった。頑張って作るよ」


 そうしてファビアン様とマティアスとは別れ、俺はシリルと隣の部屋に向かった。

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