第41話 肉料理

 清掃の手伝いを終えて王宮に戻り、いつもより早い時間だったけれど体力的に疲れたということで、屋敷に戻ってきた。


「あっ、あにうえ!」

「お兄様、今日は早いのですね!」


 屋敷の敷地内に入り馬車が止まると、遠くで体力作りをしていたローベルトとマルガレーテが嬉しそうに駆けてきてくれた。そして馬と馬車をキラキラした瞳で見つめている。


 実はこの馬車、元々ライストナー公爵家にあった大きな二頭立ての馬車ではなく、一頭立ての小型馬車なのだ。公爵家の馬車は父上も仕事で使うことがあるからと、俺のために陛下が馬と馬車を贈ってくれた。


 馬は魔物の中でも一際大人しく人間に懐く種類だけど、その数はかなり少ない。というよりも、人間が入っていかないような森の奥や渓谷などが主な生息地なので、捕まえる難易度が高いというのが正しいかもしれない。

 そんな数が限られている馬を俺のために一頭くれるということは、それだけ期待されているし信頼してくれているということだと思う。信頼を裏切らないように、期待に応えられるように頑張らないとだよね。


「マルガレーテ、ローベルト、ただいま」

「おかえり!」

「おかえりなさい」


 御者も入れて三人乗りの馬車なので、護衛のフレディが御者席から降りて外から扉を開けてくれる。そしてまずはドア側に座っているニルスが降りて、最後に俺だ。

 馬車から降りると可愛い弟妹達が近づいてきて、満面の笑みを見せてくれた。この瞬間に全ての疲れが吹き飛ぶ気がするよ……


「二人は何をやってたの?」

「ぼくは、ジャンプ!」

「私は走っていました」

「そっか、二人ともお疲れ様。今日はもう終わりで良いのかな」


 俺のその問いかけに、二人は後ろに控えていたメイドや従者の方を振り向く。


「もうおわりでもいい?」

「今日はお兄様が早く帰ってきたから……」


 二人のそんな言葉にメイドや従者達は相好を崩し、大きく頷き了承の意を示した。もちろん俺の顔も皆に負けないほど緩んでいる。


「じゃあ一緒に屋敷に戻ろうか」

「うん! あのね、あにうえ」

「どうしたの?」

「きょうはおにくがたくさんなんだって。さっき聞いたよ!」


 そういえばワイルドボアの肉が多いから、二頭分は売って市場に流すって言ってた気がする。もうそれがうちまで届いてるのか。

 生肉は速さが大事ってことは分かってるけど、予想以上にその辺のシステムは確立されてるんだな。


「お肉がたくさんなのは嬉しいね」

「うん!」

「お兄様、ついさっき料理長が張り切って焼くって言ってました」


 この国だと塊の肉があったとしても、精々ステーキにするぐらいだよね。でもワイルドボアの肉って結構硬いし癖もあるし、できればもっと違う料理が良いな……

 もちろんステーキでも相当な贅沢ってことは分かってるけど、どうせならもっと美味しく食べたい。


「二人とも、俺はちょっと厨房に行ってくるよ。二人はちゃんと汗を拭いて服を着替えて、風邪を引かないようにするんだよ」

「あにうえ行っちゃうの……?」

「お肉をもっと美味しくできる方法を知ってるから、それを料理長に伝えに行くんだ。ローベルトは夜ご飯を楽しみにしてて」


 俺と離れるのが寂しそうなローベルトにそう言って聞かせると、途端にぱあっと晴れやかな表情に変わる。


「もっとおいしくなるの、すごいね!」

「お兄様、それもティータビア様からの知識ですか?」

「そうだよ。だから期待してて」


 マルガレーテも興奮を隠しきれないのか、頬が紅潮していく。やっぱり美味しいご飯の威力は凄い。



 それから二人と別れて、俺はニルスとフレディを連れて早速厨房に向かった。するとそこにはワイルドボアの肉と対峙している料理長クロードの姿があった。


「クロード、入っても良いかな」


 その言葉にクロードはワイルドボアから目を逸らしてこちらを向くと、ニカっと笑顔を浮かべて俺を招き入れてくれた。クロードは三十代後半ぐらいの男性で、爽やかで好感の持てる人だ。


「フィリップ様、どうされたのですか?」

「実はワイルドボアの調理法で得た知識があって、それを作ってもらえないかなと思って来たんだ」

「……それは本当ですか! まさか知識の中には調理法もあるのですか!?」


 クロードは俺の言葉を聞いて、鬼気迫る勢いで距離を縮めて来た。そして顔をずいっと覗き込まれる。


「ちょ、ちょっと、近いって」

「あ……すみません。あまりの事態に興奮してしまって。それで調理法もあるのですか?」

「うん、結構たくさんあるんだ。でも手に入らない食材を使うものも多くあって今までは話してこなかったんだけど、食生活向上のために少しずつ広めようと思って。そのためにはうちの厨房が試すのに最適かなと……」


 本当は王宮で食材を集めて色々と試してみるのが良いんだけど、他に手をつけるべきところが多すぎて、美味しいものを作ろうって段階に到達するのはまだ先なのだ。

 でも俺はそんなに待ってられないから……もういつも同じメニューの食事には飽きてるどころの話じゃない。


「是非俺に手伝わせてくださいっ!」

「うん、ありがとう。じゃあ早速だけど、今日のワイルドボアの調理法は俺が決めて良い?」

「もちろんです!」


 クロードが予想以上に乗り気だし、これからは休みの日を使って食生活の改善も頑張ろうかな。マルガレーテとローベルトには美味しいものを食べて育ってもらいたいし。

 もちろん父上と母上にも、ご飯の美味しさを実感してほしい。


「まずは何をすれば良いのでしょうか?」

「そうだね……」


 この国、特に今この厨房にあるもので作る必要がある。お肉といくつかの野菜、それからジャモ。あとは少しの油と塩だ。

 これらを使って作れるものといったら……コロッケ、かな。コロッケを作るにはニワールの卵もムギ粉もパン粉も必要だけど、いくつかのレシピ本にそれらを代用する方法や使わない方法が書いてあったはずだ。上手くいくか分からないけど、挑戦してみる価値はあるだろう。


 ハインツが読書好きで、さらに王宮魔術師だったことで王宮の図書館に出入り自由だったのって本当に幸運だったよね。しかも俺って記憶力は良い方なんだ。

 ……だからこそ、ティータビア様がお選びくださったのかもしれないけど。


「まず準備するのはジャモかな。ジャモをいつものように茹でてくれる?」

「かしこまりました」

「そしてジャモを茹でてる間に、まずはこの塊肉を細かくしてほしい。そうだね……結構大きいから半分ぐらいで良いかな。あとは普通に焼こうか」


 俺のその言葉にクロードは微妙な表情を浮かべた。調理法に納得がいっていないようだ。


「そのようなことをしてしまったら……せっかくの塊肉が台無しではないですか? 屑肉のようになってしまいます」

「そうなんだけど、ここは細かくしないといけないんだ。それに例え細かくしたとしても、部位が良いところなんだから屑肉とは違うよ」


 この国では屑肉って本当に筋の部分とか、硬くて一般的には食べられない部位のことだ。


「……確かにそれもそうですね。では細かくします」

「よろしくね」


 それからもう一人いた料理人にオニンやレタなどいくつかあった野菜をみじん切りにしてもらい、クロードが作ったミンチのお肉と一緒に炒めてもらった。


「火が通ったら一旦火から下ろしてね」

「かしこまりました」

「ジャモはどうかな?」

「そうですね……そろそろ頃合いかと」

「じゃあ茹でたジャモを取り出したら、皮を剥いて全て潰してくれる?」


 俺が知ってるレシピでは皮を剥いてからジャモを茹でていたけれど、クロードのこだわりで皮付きのまま茹でたのでそう指示をした。その方が味が濃くて美味しくなるらしい。


「潰してしまうのですか?」

「そう、しっかりと潰してね。フォークでやったらやりやすいかも」


 ジャモを潰すのが一番大変かなと予想していたけれど、予想に反してクロードはどんどんとこなしていく。そうして大量の潰されたジャモが出来上がった。


「次は潰したジャモに、さっき炒めた肉と野菜を混ぜて欲しい。偏らないよう均等にね」

「……こんな感じでしょうか?」

「そう、それで味付けは塩でお願い」


 そうして予想以上に早く、コロッケのタネが完成する。ここでニワールの卵とムギ粉、パン粉があれば楽なんだけど、どれもないのであるもので頑張るしかない。

 パン粉はジャモの薄切り揚げを砕いて代用できるはずなんだ。卵とムギ粉は……とりあえず使わないでやってみれば良いかな。それがないと衣が上手く付かないかもしれないけど、そうなっても不味くなることはないだろう。


 本当ならジャモからジャモ粉を作ればムギ粉の代用になるんだよね。今回は急にお肉が手に入ってコロッケを思いついたから用意できないけど、今度時間がある時に試してもらおう。ジャモ粉があれば料理の幅も広がるんじゃないかな。

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