第38話 冒険者

 治癒を終えた後に、俺達はワイルドボアを運ぶ騎士達と共に解体場へと向かっていた。今日の目的は清掃計画が順調に遂行されているかの確認だったけれど、解体場を見たことがなかったので見学することにしたのだ。


「解体場は沢山あるのですか?」

「いえ、数カ所しかありません。基本的には門の近くに設置されています」


 俺の疑問に近くを歩いていた騎士が答えてくれる。確かに魔物を運び入れるのは門からだし、門の近くにだけあれば事足りるよね。


「どのような場所なのですか?」

「魔物を解体できる設備が整っていて、さらに魔物素材の買取もしている場所です」

「買取も同じ場所でできるのでしたら便利ですね」


 そういえばフィリップの記憶に解体場のこともあったな。最近は完全にハインツになってしまって、フィリップの記憶は思い出そうとしない限り出てこなくなっているのだ。


 解体場は……国が管理する施設で、冒険者は無料で使うことができる。さらに国が買取を行っていて、買い取った魔物素材は誰でも購入可能だそうだ。フィリップの記憶では、基本的には貴族と取引のある商人が買っていくらしい。

 ということは、国は冒険者と商人の仲介をやってるってことなのか。確かにその方が問題も起きないだろうし、冒険者は職務に集中できて良いのかも。国が間に入ってくれれば買い叩かれることもないのだろうし。


「こちらが解体場です」


 門から歩いて数分のところに解体場は存在していた。石造りの大きな建物だ。入り口が二か所あって一つが解体場所につながる扉、もう一つが買取の受付につながる扉らしい。解体場所と買取受付は中でも繋がっているようだ。


「かなり大きいのだな」

「この中では魔物の解体が行われているのでしょうか……」


 ファビアン様は興味津々と、マティアス様は少しだけ顔を強張らせて解体場を見上げている。


「マティアス様、大丈夫ですか?」

「……多分大丈夫です。しかし魔物を解体する場面を見たことがないので、少し緊張しています」


 初めて見る人は気分が悪くなったり倒れたりするからね……俺はハインツとして何度も魔物を倒してきたし、解体も数えきれないほどこなしているので問題はない。


「もし気分が悪くなったら無理せずに言ってください」

「ありがとうございます……フィリップ様は大丈夫なのですか?」

「私は解体についても知識を得ましたので」

「確かにそうでしたね……僕も頑張ります」


 マティアス様が決意を込めた表情で拳を握り締めたところで、騎士の方が解体場所に繋がる扉を開けた。中に入るとなんとも言えない独特の匂いが漂ってきたけれど、それほど酷くもない。数人の冒険者は中にいるけど、もう解体を終えて片付けをしている人ばかりのようだ。


「我々はワイルドボアの解体をしてまいります」

「頼んだぞ」

「はっ!」


 大小様々な刃物や器、それから木の板などが壁際に並べられていて、これらは自由に使って良いみたい。天井からぶら下がっている縄もあるので、血抜きなども簡単にできそうだ。解体するための設備としてはかなり充実してるな。


 あっ、あそこの冒険者が持ってる素材欲しかったやつだ。あの弾力のある骨が色々に使えるんだよね。ここで買取交渉しても良いのかな。公爵家や王家で冒険者を雇って直接買い取ったりもしてるんだし、大丈夫だとは思うけど……

 そんなことを考えつつ素材から目を離せないでいたら、ファビアン様に顔を覗き込まれた。


「何か欲しいものがあったのか?」

「はい。あちらの冒険者が持っている骨が……」

「そうか、ならば直接取引してきたら良い。まだしばらくはここの見学をしているし構わないぞ。個人的な取引が決まっている素材では断られるだろうが、隣に売るつもりならば交渉の余地はあるだろう」


 やっぱり直接取引をしても良いのか。俺はファビアン様からのその言葉で迷いがなくなり、お礼を言って冒険者のところに向かった。


「ニルス、お金って持ってる?」

「千フェール硬貨を八枚と百フェール硬貨を二十枚持っております」

「良かった。ありがとう」


 それだけあれば足りそうかな。この国の貨幣はフェールと言って、紙幣はなく全て硬貨だ。一、十、百、千、万の五種類の硬貨が存在している。ジャモが三つで十フェール、その他の高い野菜だと百フェールに届くものもあるといった感じの貨幣価値だ。

 ちなみに魔物素材はもっと高い。安くても千フェール、高いものは何万にもなる。


「すみません、少しお話いいですか?」

「別に構わないけど」

「ありがとうございます。実はあなたが持ってる素材を売ってもらえないかと思いまして、そちらの骨です」

「ああこれか、隣に売るつもりだったから別に良いぞ。いくら出してくれるんだ?」


 話しかけた冒険者はにこやかに対応してくれた。嫌がられなくて良かった。


「そうですね……二千フェールでどうでしょう?」

「それじゃあ、隣で買い取ってもらっても同じだな」


 ……意外といい線いってたみたいだ。ここでの買取が二千フェールなら、販売価格は三千フェール近くにはなるだろう。それなら二千五百、いや二千三百でもいけるかな。


「では二千三百フェール、ここまでなら出せます」

「……そうだな。それなら俺も得するし良いか」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 この骨は意外と手に入らないんだ。他の人に買われる前に確保できてラッキーだった。それからニルスがお金を渡して、冒険者の男性が骨を渡してくれて取引完了だ。


「それにしてもあんた貴族だよな? なんでこんなところにいるんだ?」

「清掃計画の責任者だからです」

「あ〜、そういうことか。確かにそれなら納得だ。俺もこれから参加してくるからよ」

「そうなのですか? ありがとうございます」

「おう……あのさ、その丁寧な話し方やめねぇか? なんかむずむずする」


 冒険者の男性は腕を摩りながら苦い顔をしてそう言った。……最近は使い分けるのが面倒くさくて仕事中はずっと敬語なんだよね。身分的には俺もかなり上だけど子供だし、何よりも職場にはもっと偉い人達がたくさんいるから。

 でも平民や冒険者に対しては敬語じゃない方が良いのかもな……かなり今更な気もするけど。これからはもう少し態度を崩そうかな。


「分かったよ。じゃあ普通に話すことにする」

「おう、その方が全然良いぜ! 何言ってるか分かりやすいしな」


 丁寧な言葉は何言ってるのか分かりづらいのか……なおさら言葉を崩した方が良いのかもしれない。前世でも仕事中はずっと敬語を使ってたから癖なんだよね。


「忠告ありがとう。……そういえば、一つ聞きたいことがあるんだけど良い?」

「もちろん良いぞ」

「冒険者ってさ、魔力量が多い人の割合ってどのぐらいなのか分かる?」

「割合って言われてもわかんねぇけど……結構多いんじゃねぇか? 俺の知り合いは皆多いな」

 

 やっぱりそうなのか……これは冒険者にも授業をすべきだ。この段階で気づいて良かった。


「王宮で魔法陣魔法の授業をしてるのって知ってる?」

「魔法陣魔法? 初めて聞いたぞ。どんなやつなんだ?」

「魔力を現象に変換させる技術なんだけど、それがあると魔物との戦いで圧倒的に有利になるんだ。才能があって魔力量が多い人じゃないと使えないから、平民で魔力量が多い人は参加して欲しいって通達したんだけど……広くは届いてないみたいだね」

「そんな夢みたいな技術があるのか! 俺も学びてぇ!」


 今この場にいる冒険者にまず広めて、冒険者同士の繋がりで情報を広めてもらった方が早いかもしれないな。あとは解体場の買取受付の職員さんに、情報を渡しておくのもありかも。

 俺はそこまで考えてマティアス様を呼んだ。俺達の仕事で様々な雑務をこなしてくれているのがマティアス様なので、話は通しておかないといけない。ファビアン様は騎士の方と話してるみたいだし後で良いだろう。

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