第39話 友達
「フィリップ様、呼びましたか?」
「はい。先程話していた冒険者にも魔法陣魔法の授業を受けてもらうことについてなのですが、この方に聞いてみたところ、冒険者には豊富な魔力を持つ方が多くいるみたいです」
俺のその言葉にマティアス様は途端に真剣な表情を浮かべ、従者に紙とペンを用意してもらっている。
「やはりそうなのですね。……あなたはどの程度の魔力を持っていますか?」
「俺か? そうだな、手のひら二つ分ぐらいか?」
それはかなりの量だ。平民でその量は相当珍しいんじゃないだろうか。今の俺と同じぐらいかもしれない。
「それは凄いね。魔力量が多いから冒険者になったの?」
「おう、俺は自由気ままにやりたいから、騎士じゃなくて冒険者を選んだんだ」
「他の仕事は考えなかった?」
「うーん、そうだな、考えなかったな。魔力の塊が打ち出せて魔物に対抗できる術が他のやつよりも多いし、それなら冒険者になろうって」
やっぱり冒険者もその攻撃ができるんだ。確かに独学でも習得できるし、魔力量が多いなら練習するだろう。
それにしても認識を改めた方が良いのかな……魔力量は基本的に遺伝だから貴族が圧倒的に多いと思ってたけど、そこまで偏りはないのかもしれない。
両親ともに魔力量が多いとほとんどの確率で多くの魔力を持った子供が生まれるけど、そうでない場合でも二割程度は魔力量が多く生まれる人がいそうだ。感覚的には二割か、もう少し少ないぐらいな気がする。
「あなたの他に、同じぐらいの魔力量を持つ冒険者はいますか?」
「もちろんいるぜ。あそこにいるやつも結構多かったはずだ。まあ剣の腕だけでやってるやつもいるけどな」
マティアス様は冒険者の言葉を紙にまとめながら、真剣に話を聞いている。
「魔法陣魔法の授業については知っていますか?」
「そう、それだよ! さっき初めて聞いたんだ。魔力を使って魔物に対抗できる新たな技術なんだろ? 俺も学びてぇんだけど、どうすれば良い?」
「やっぱり短期間で平民全体に公布するのは、かなり無理があったか……」
マティアス様は苦い表情でそう呟くと、紙にいくつかの言葉を書き込んで今度は笑顔で顔を上げた。
「では魔法陣魔法について詳細をお伝えしますね」
それからマティアス様は今話していた男性の他に、解体場所にいた数人の冒険者を集めて魔法陣魔法について、さらにその授業についてを説明した。それを聞いた冒険者達は瞳をキラキラとさせて興奮している。
「それが使えるようになったら最強じゃねぇか!」
「今まで勝てなかった魔物にも勝てるようになるかもしれんな」
「そんなの学ぶ一択だ!」
「ではこの情報を他の冒険者にも広めてくれませんか? そして次の授業の日に王宮に来て欲しいです」
マティアス様のその言葉に冒険者達は大きく頷いて、足取り軽く買取受付の方に去っていった。これで冒険者もかなり集まるかな。
「マティアス様、ありがとうございます」
「いえ、私の仕事ですから当然ですよ。あとは買取受付の職員にもここを訪れた冒険者に話をしてもらうようお願いして、それを全ての解体場でやればほとんどの冒険者に広まると思います」
「私もそれが良いと思っていました。王宮に帰ってから手配ですね」
そこで話が一段落して、マティアス様は従者に紙とペンを片付けるように指示を出して、俺は解体場所をぐるっと眺めた。ワイルドボアの解体は結構進んでるみたいだ。
あの毛皮は綺麗だし高く売れそうだよね……それに肉もかなりの量がある。公爵家でいつもより多く肉を食べられるかな。
「あの……フィリップ様、一つ提案があるのですが良いでしょうか?」
ワイルドボアの塊肉を見てお腹が空いたなと考えていたところで、マティアス様に呼びかけられた。
「もちろんです。なんでしょうか」
「その……僕達そろそろ敬語を止めませんか?」
「敬語を、ですか?」
俺は予想していなかったことを言われて、思わず言葉を復唱してしまう。
「はい。歳も近いですし身分的にもそこまで差はありません。もっと仲良くなりたいなと思いまして……」
まさかマティアス様の方からそう言ってくれるなんて。俺も最近思ってたのだ、もっと仲良くなれたら良いのにって。
「私も同じことを思っていました」
「本当ですか! じゃあ、これからは敬語なしで良いかな?」
「うん、もちろん」
この世界ではほぼ初めてと言っても良い友達だ……俺は思ってる以上に自分のテンションが上がるのを感じた。
「僕のことはマティアスって呼んで。その代わり……フィリップって呼んでも良い?」
「呼び捨てで良いの?」
「うん、その方が仲良くなれそうだから」
「確かにそっか。じゃあマティアスって呼ぶから、フィリップって呼んで」
俺のその言葉にマティアスは笑顔で頷いてくれた。これからは仕事上だけでなく、友達としても関係を深めていけたら嬉しいな。
「仕事中はどうする? 敬語にしたほうが良いかな」
「うーん、仕事中もこんな感じで問題ないと思うけど。もちろん皆の前に出る時や公の場では敬語の方が良いけど、執務室は問題ないんじゃない?」
執務室の中では、仲が良い文官達が気安い態度で話していたりもするのだ。国のトップが集まる職場だけど、意外と雰囲気は緩い。ギスギスしてその場にいるだけで緊張するような職場より働きやすくて、さらにあの適度に緩い雰囲気が仕事の効率を上げているのだと思う。
「確かにそうだよね。じゃあ基本的にはこれからこの感じでいこうか」
「うん。マティアス、よろしくね」
「フィリップ、こちらこそよろしく!」
そうして俺達はどちらからともなく握手を交わした。そして笑い合っていると、ファビアン様が俺達の下に不思議そうな顔をしてやってくる。
「二人ともなんで握手なんかしてるんだ?」
「実は今まさに友達になったんです。敬語もやめて呼び捨てにすることにしました。僕達は身分が近いですし歳も近いですから」
満面の笑みを浮かべたマティアス様のその説明に、ファビアン様は少し拗ねたような表情を浮かべる。
「二人だけでずるくないか? 私に対しても気安く接してくれて良いぞ」
「いや、ファビアン様は王太子殿下ですからさすがに無理です」
マティアス様のその言葉に俺は何度も首を縦に振る。さすがに未来の国王様を呼び捨てにしたりタメ口で話しかけたりはできないです!
「確かにそれは分かるが……仲間外れみたいで寂しいではないか」
ファビアン様はそう言って暗い表情で俯いてしまった。なんか、なんか俺達が悪いことしたみたいになってるんだけど! マティアス様の表情を窺うと、思いっきり苦笑を浮かべている。
「ファビアン様、さすがに呼び捨てや敬語なしは無理ですけど、もっと態度を気安くしても良いのならそういたしますが……」
俺が少しはこちらも譲歩したほうが良いかと思ってそう告げると、ファビアン様は途端に明るい表情で顔を上げた。……絶対にさっきの暗い表情は演技だった。
「もちろんだ。フィリップとマティアスならばいくらでも気安くしてくれて構わない」
「ふふっ……ありがとうございます。じゃあそうしますね」
マティアス様が堪えきれない笑いを溢しながらそう言ったので、俺も苦笑を隠さずに了承の意を示した。
「分かりました。ではそうしますね。これからもよろしくお願いします」
「これからも三人で頑張っていこう」
「はい!」
「もちろんです」
この三人でならどんな困難も乗り越えられる、そんな予感がした。
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