第37話 治癒

 ファビアン様とマティアス様と話をしていると、騎士達がワイルドボアを大きな木の板に乗せて運んできた。こうして街の中で見るとかなり大きいな。


「王太子殿下、ワイルドボア五体、フィリップ様の助けをお借りして討伐完了いたしました」

「ありがとう。お前達のおかげでこの街の安全は保たれている。これからも頼んだぞ」

「はっ!」


 ファビアン様のその言葉に騎士達が一斉に敬礼をし……だけれど、一人の騎士がその場にうずくまってしまう。


「大丈夫ですか!」


 俺は思わずすぐに駆け寄ると、騎士の方は青白い顔で脂汗を額に浮かべながらお腹を抑えていた。


「だ、大丈夫……です。寝れば、治りますから」

「おい、大丈夫か?」


 騎士の仲間達も心配そうにその人を見ている。大丈夫だって言ってるけど明らかに大丈夫そうではない。


「どんな怪我をしたのですか?」

「す、少しヘマをして、ワイルドボアの突進をお腹で受けてしまいまして……」


 あの突進をお腹で受けてここまで苦しんでるとなると、内臓が損傷してるのかもしれない。やばいな、早く治癒しないと。


「ファビアン様、多分この方は内臓が損傷しているのだと思います。一刻を争うので今この場で治癒をしても良いでしょうか?」

「ああ、もちろん構わないが……」

「ありがとうございます」


 周りには沢山の人がいるから、一応この場で一番身分が高いファビアン様に了承をとった。ダメって言われることはないだろうけどね。


「すみません。これから治癒をしますので、上着を脱いで横になっていただけますか? 患部をしっかりと目視できた方が魔法陣の調節がしやすいのです」

「い、いえ、フィリップ様にお手間を取らせるわけには」

「気にしないでください。すみません、手伝っていただけますか?」


 俺はかなり苦しそうにしながらも頑なに大丈夫だと言っている騎士の方はとりあえず無視して、周りで心配そうに見守っていた騎士の方に助力を願い出た。


「もちろんです。何をすれば良いのでしょうか?」

「この方の騎士服を脱がせて欲しいです。上はできれば全て、ズボンもお腹周りは緩めてあげてください。それから横になった状態で膝の下に布をまとめて置いて、お腹に力が入らないような体勢にしてあげてください」


 前世で王宮魔術師として働いていた時の記憶を思い出して、症状を少しでも進行させないために処置をしていく。


「かしこまりました」


 騎士達が三人がかりで指示通りに動いてくれているので、俺は負傷した騎士の方に話しかけた。


「まだ意識はありますか?」

「は、はい」

「吐き気はあるでしょうか?」

「……少しだけ」

「それならば顔は横に向けていてください」


 そんな話をしつつ、服がはだけられたお腹あたりを確認する。……かなり肌が変色してるし、相当出血してるのかもしれない。骨は折れなかったのかな。


「どの辺にぶつかられたのか分かりますか?」

「こ、この辺り、です」


 緩慢な動きでなんとか腕を動かして示してくれたのを見ると、右上腹部の辺りに一番の衝撃を受けたらしい。本当ならここまでの怪我は上級の治癒魔法を全身にかけられるのが一番なんだけど、俺にそこまでの魔力量はまだないから少ない魔力量で最大の効果を出さないといけない。

 とりあえず中級の治癒魔法陣で、効果範囲を胸あたりから下腹部までに限定することで効果を高めよう。さらにその中でも右上腹部の辺りを重点的に治癒できるように調節して……


 ウイルスや細菌がいるわけじゃないからその辺を除去する神聖語は消して消費魔力量を減らして、今はまだ発熱もなさそうだから解熱の文言も消す。その代わりに増血や組織再生をもっと重視して、さらに内臓損傷による体液漏れや汚染物質の流出の可能性もあるから、洗浄は徹底的に。


 俺は間違いのないようにゆっくりと魔法陣を描いて内容を確認した。そして今までの感覚的に現在の魔力量で発動できることを確認した上で、魔法陣に魔力を注ぎ込んで魔法を発動させる。


 うぅ……やっぱり結構魔力が必要だ。でも一割ほどを残してなんとか発動できた。俺が描いた魔法陣がいつものように光り輝き、負傷した騎士の方の体がほわっと温かな光で包まれる。


「どうでしょうか? まだ痛みや吐き気などはありますか?」

「あ、あれ……え、痛くない」


 騎士の方は何が起きたのか分からないようで呆然としたまま起き上がった。しかしその身のこなしはさっきまでの苦痛に耐えていた時とは全く違っていたので、俺はとりあえず安心して息を吐き出す。


「魔法陣魔法で治癒をしました。私の魔力量では上級の治癒を全身にかけることができなかったので、完治しているのかは心配なのですが……」

「いえ、もう全く苦しくありませんし痛みもありませんので大丈夫かと……」


 騎士の方はそう言うと徐に立ち上がった。そしてその場でジャンプをしたり体を捻ったりと、痛みがないかを確認していく。


「ほ、本当にどこも痛くない……フィリップ様、ありがとうございます! このご恩は一生忘れませんっ!」


 完全に治ったのを確認したところで、正式な礼をして大袈裟なほどに感謝された。すると周りで呆然と事態を見守っていた騎士達も同じように感謝を述べてくれる。


「仲間を助けていただきありがとうございます」

「いえ、そこまで大袈裟なことはしてないですよ。これから皆さんも学べばできるようになることですから」


 神聖語を完全に理解してさらに医学の知識も学ばないとだけど、この感じなら必死に学んでくれるだろう。神聖語の授業と並行して治癒魔法だけは特別に授業をしようかな。

 でも医学を学ぶのって予想以上に大変なんだよね……前の世界で医学知識を学んでいたのは、基本的に治癒師になる人だけだった。俺はただ趣味で勉強していただけだ。


 そう考えるとこの世界でも治癒師という職業を作れば良いのかもしれない。魔法陣魔法を使えるようになった人の中から治癒師になりたい人を募集して、その人達にだけ授業をすることにするかな。


「本当に完治しているのかは分からないので、しばらく体調に気をつけて、もし異変があったらすぐ私に言ってください」


 多分治っているとは思うけど一応そう告げると、真剣な表情で頷いてくれたので大丈夫そうだ。


「フィリップ、治癒魔法とは本当に凄いな」


 騎士達と話をしていたら、少し遠くで見守ってくれていたファビアン様が、近くに来てそう声をかけてくれた。


「はい。今までは助けられなかった人を助けられるようになると思います」

「フィリップ様、僕……感動しました。知識にあった治癒院ですが、早急に作りたいですね」


 マティアス様も感動の面持ちで俺のところに来てくれる。前世では普通の技術だったんだけど、ここまで感動されると少しくすぐったい。


「そうですね。そのために尽力しましょう」

「はい!」

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