第36話 初めての戦闘

「ワイルドボアが来たぞっ!!」


 街の外で警備をしていた騎士の叫び声が聞こえてきた。その声に従ってすぐに数人の騎士が外に駆け出していき、逆に街の外にいた平民達は慌てて中に戻ってくる。


 ワイルドボアは前の世界ならば恐れることもない魔物だった。魔法陣魔法が使えればすぐに倒せるし、使えない人でも護身用の魔道具で一撃で倒せる程度だ。

 しかしこの慌てよう……この世界では危険なのかもしれない。


「ファビアン様、マティアス様、騎士達だけでワイルドボアは倒せるのですか?」

「……一体だけならば楽に倒せる。しかし数体が群れていると厳しいかもしれない」

「被害が出るということでしょうか……?」

「可能性はある」


 厳しい表情で言い切ったファビアン様は、まだ開いている門の隙間から外を凝視していた。騎士達は辛い訓練を乗り越えてきた人達だから信じたいけど……魔物に魔法陣魔法なしは相当に厳しいだろうと想像できる。

 どんなに努力しても身体能力の差は覆せない。ワイルドボアは魔力こそ操らないけれど、その巨体に見合わない速度で突進してくる魔物なのだ。あの突進をモロに受けてしまうとかなり危険だ。


「ファビアン様、私が助太刀をしても良いでしょうか?」

「……絶対にダメだと言いたいところだが、助けられる術があるにも関わらず、それを行使せずに騎士達が散っていくのを見ていることはできない。……頼んでも良いか?」

「もちろんです。フレディ、付いてきてくれる?」


 俺は護衛のフレディを見上げて意思を確認した。するとフレディは頼もしい表情で頷いてくれる。


「ありがとう。じゃあ早速行こうか」

「フィリップ、絶対に無理だけはしないでくれ。ダメだと思ったら直ぐに退却して良い」

「フィリップ様、絶対に無事な姿で戻ってきてください」

「かしこまりました。必ず」


 俺は心配げな表情を隠しもしていないお二人に大きく頷くと、足早に門から街の外に出た。すると戦闘の様子がよく見えるようになる。魔物は森から出てきたワイルドボアが五体。対して騎士は十数名しかいないようだ。

 ……かなり押されているように見える。すでに怪我をしている人もいるみたいだな。


「フレディ、俺は魔法陣魔法の行使に集中したいから、周りの警戒をお願いしても良い?」

「もちろんです。絶対にフィリップ様をお守りいたします」

「ありがとう。頼んだよ」


 フレディを見上げて視線を合わせて頷き合い、戦闘場所まで駆けて向かった。そして騎士達から数メートル離れた辺りで立ち止まる。


 ワイルドボアはバラけずに固まって行動してるみたいだし、これなら風の刃で一気に攻撃できるかな。攻撃範囲と強さを指定して、後ろの森にあまり被害を与えないように途中で威力を弱める調整をして……これで良し。

 俺は魔法陣を描き切ったところで、必死に戦っている騎士達に声をかけた。


「皆さん一度下がってください!! 大きな攻撃をしますので、巻き込まれないように左右に散ってください!」


 俺のその言葉を聞いて騎士達は一瞬困惑したような表情を浮かべたけれど、すぐに魔法陣の存在に気づいたのか、心得たようにワイルドボアを弾き飛ばして左右に下がってくれた。


「では行きます!」


 掛け声と同時に準備していた魔法陣に魔力を注ぐと……大きな風の刃がワイルドボアを襲った。四体は致命傷となる傷を与えられたみたいだ。でも一体には上手く避けられてしまった。


「一体逃しました!」

「我々にお任せくださいっ!」


 俺の叫び声に騎士達は直ぐに反応してくれて、逃したワイルドボアに向かってくれた。一対十数人の騎士なら余裕で勝てるだろう。

 俺は安心して息を吐き出しながら、体の力を抜く。フィリップとしては初めての戦闘だったから、知らず知らずのうちに体に力が入ってたみたいだ。


「フィリップ様……素晴らしいお力です」

「うん。でもこれから皆が使えるようになるよ。フレディも練習頑張ってね」


 顔を見上げてそう告げると、フレディは苦々しげな表情を浮かべた。フレディも俺の護衛ってことで授業を受けてるんだけど、魔法陣を描くのにはかなり苦戦しているみたいなのだ。でも頑張ってもらわないとね。


「……かしこまりました」

「お、最後の一体も倒せたみたいだ。皆のところに行こうか」


 俺とフレディが近づくと、騎士達は周りを警戒しつつも簡易な立礼をしてくれた。キラキラとした瞳で見られていてちょっと居心地が悪いのは内緒だ。


「フィリップ様、やはりティータビア様のお力は素晴らしいですね。我々も早く使えるように精進いたします」


 騎士の一人が代表して声をかけてくれた。この人は授業の時にかなり熱心に魔法陣魔法の練習をしてた人だ。


「皆さんが使えるようになれば、魔物との戦いで受ける被害が減らせると思います」


 俺のその言葉に他の騎士達も真剣な表情で頷いている。さっきの俺の攻撃を見たら、真剣に練習しなきゃって思うよね。今のこの国では圧倒的な力だ。


「フィリップ様、四体のワイルドボアはいかがいたしますか。解体して公爵家にお運びしましょうか?」

「……いつも魔物を倒した時はどうしてるのですか?」

「騎士団詰所か近くにある解体場まで運び、解体した後に王宮へ運びます。市井に流通する魔物肉や素材は冒険者が狩ったものが並びますので、私達が狩ったものは基本的に王宮で消費します。しかし肉の量が多い時や毛皮などは、取引のある商人へ売ることもございます」


 騎士達が倒した魔物肉が王宮に運ばれるから、王宮の食堂では少量だけど肉が毎日出るのか。


「私が倒した四体も、騎士団で討伐したものとして扱ってください」

「……よろしいのですか? フィリップ様は騎士ではないため、フィリップ様個人に所有権が与えられるかと思いますが」

「大丈夫です。私も王宮に仕える身、さらに今は仕事中ですから」


 本当なら一頭分のお肉をもらってマルガレーテとローベルトに食べさせてあげたいとも思ったけど、仕事中に得た物を個人の物にするのはちょっと気が引ける。

 それにこれからは魔物肉もたくさん手に入るようになるだろうし。ひもじい生活もあと少しの辛抱だ。


「かしこまりました。ではありがたく騎士団でいただきます」

「よろしくお願いします」


 さて、もうここは大丈夫だろうし街の中に戻ろうかな。ファビアン様とマティアス様も心配してるだろう。


「フレディ、戻ろうか」

「かしこまりました」


 俺は街に向かって足を動かしつつも、頭の中では冒険者について考えていた。冒険者とは国に登録されている職業で、街の外に出て魔物を討伐して素材や肉を持ち帰ったり、森の恵みを採取してくるのが仕事だ。

 かなり危険が多いため、王都では国、各街では街を治める貴族が行っている試験に合格して、ライセンスを交付されなければ名乗れない仕事となっている。


 今行っている魔法陣魔法の授業では、冒険者を意図的に集めたりはしなかったんだけど、よく考えたら冒険者こそ魔法陣魔法が必要じゃないだろうか。もちろん騎士も魔道具師になってもらう予定の人達も優先順位は高いけど、冒険者もそれと同じぐらい優先すべきだろう。


 今回の授業で人を集める基準は魔力量が多い人としていたから思いつかなかった。冒険者の中で魔力量が多い人はいるのかな……

 統計を取ってないから分からないのだろうけど、魔力量が多いから国の役に立てると思って騎士になる人が多いのだから、それと同じ理由で冒険者になる人もいるはずだよね。やっぱり冒険者にも声をかけて授業を受けてもらうべきだ。

 マティアス様が平民に広く募集してくれたと言っても、一週間程度では情報が行き渡ってないところも多いだろうし、冒険者に絞って声をかけてみるべきかな。


「フィリップ様、ご無事で良かったです!」

「フィリップ……素晴らしい攻撃だった」


 考え事をしてたら街の中まで戻ってきていたみたいで、心配そうなマティアス様と感動しているファビアン様に迎えられた。


「無事に倒すことができて良かったです。あの、今思いついた事をここで述べても良いでしょうか?」

「もちろん構わないが……」

「ありがとうございます。魔法陣魔法の授業なのですが、冒険者の方々にも声をかけるべきではないでしょうか? 多分ですが、冒険者の方々も魔力が多い人はたくさんいるのではないかと……」


 俺のその提案に、二人はハッと気づいたような表情を浮かべて頷いた。


「確かに……何故気づかなかったのか」

「平民に情報を広める時に冒険者を特別意識はしていなかったので、まだ知らない者も多くいるかもしれません」

「マティアス、王宮に帰ったら早急に手配してくれるか?」

「かしこまりました」


 お二人にも同意してもらえて良かった。これで冒険者の方々も授業に加わることになるだろう。より一層気合を入れて授業をやらないとだね。

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