第二章 王都改革編

第35話 清掃開始

 今日はついに清掃計画を実行する日だ。もちろん今日一日でどうにかなるとは思っていないので、計画は一週間にも及ぶ大掛かりなものになっている。


「ではシリルさん、私は平民街に行ってきますので、昨日と同様に練習をしていてください」

「分かりました。行ってらっしゃいませ」


 シリルさんは完全に俺と働く毎日にも慣れ、既に魔法陣を発動させられそうなところまで来ている。多分あと数日後には発動ができて、それから数週間で安定的に発動可能になると思う。

 そうしたら魔道具作製にも取り掛かってもらえるので、俺の負担が少しは減らせるだろう。やっぱり持つべきものは優秀な弟子だよね。


「フィリップ、マティアス、準備は良いか?」

「はい。いつでも行けます」

「僕もです」


 清掃計画の初日だけは俺達も顔を出すことにしていたので、今日は三人とも汚れても良い服装に身を包み王宮に集まっていた。清掃計画を実行してくれる騎士達と文官達は既に平民街へ向かっているので、俺達三人と従者と護衛のみで今から向かう。


「では行こう。私達が顔を出すのは給水器を設置する場所と汚れを集める場所だ。さらに掃除も少し手伝うので、嫌がらずに頑張ってほしい」

「もちろんです!」



 馬車に揺られというか馬車の揺れに耐え、俺達は平民街を視察した時に使った西区と貴族街を繋ぐ門まで来ていた。今回は平民街に入る前から口元を布で覆い、準備万端で足を踏み入れる。


「凄い……賑やかだな」

「皆が参加してくれている証拠ですね」


 この前は人気のなかった門周辺にはたくさんの平民がいて、皆で汚物を桶に集めて運んでいるようだった。


「あっ、貴族様!」

「視察に来てくれるって本当だったんだ!」


 熱心に掃除をしてくれていた平民達は俺達に気がつくと、手を止めて近寄ってきてくれた。そして満面の笑みでお礼を言われる。


「俺達も綺麗にしたいとは思ってたけど、現状を変えようとしなかったんだ。きっかけをくれてありがとな」

「それに広場に設置された無料の水、あれが泣くほど美味かった!」

「俺も一杯飲んできたぜ、あんなに美味くて透き通った水を飲んだのは久しぶりだった」


 喜んでもらえたのなら頑張って作った甲斐がある……お礼に水を提供する作戦は成功かな。それにしても透き通った綺麗な水を飲むのが久しぶりって、枯れてる井戸も多いのだろうか。


「皆の者、清掃に参加してくれて感謝する。数日はかかるだろうが頑張ってほしい」

「もちろんだ! あんなに美味い水をもらっちゃあ、頑張らないわけにはいかねぇよ。それにこの汚れが病気の元だったんだろ? そんなこと言われたら今すぐ掃除をしなきゃ気がすまねぇ」

「だよな。まさかこれがダメだったなんて衝撃だ」


 しっかりと事実を伝えて協力を仰ぐ方が上手くいくっていう宰相様の提案、本当にその通りだったな。この国の国民性なのか、俺が思ってる以上に義理堅くて真面目な平民が多い気がする。


 それから男性達とは別れ、俺達は給水器を設置した広場に向かった。広場に着くとそこには、先が見えないほどの長蛇の列が存在している。


「これは凄いな……」

「やはりこうなってしまいましたね」


 給水器に大勢が群がるだろうって予測はできてたんだけど、俺しか魔道具を作れる人がいないから数を増やすことはできなかったし、そこは許容しようってなったんだ。

 でもこの列を見てると……もっと増やさないとダメかなと思えてくる。


「明日から給水器を増産したほうが良いでしょうか?」


 俺のその疑問にファビアン様はしばらく悩んでいたけれど、結局は首を横に振ってくれた。


「最初は魔道具に魔力を注ぐということが素早くできずに詰まっているのだろうから、数日経てば落ち着くはずだ。給水器の設置には見張りの騎士が必須であるし、この数が最適だと思う」


 ……確かに王宮で行った検証結果を考えると、初めて魔道具を使う人は手間取っている人も多かった。そう考えれば数日で落ち着くのかもしれない。


「ではこのまま様子を見ましょう」

「それが良いだろう」


 給水器を実際に使う様子を見学して、見張りの騎士達にトラブルはないかを確認して俺達は広場を後にした。そして次に向かったのは臨時の排泄物集積場だ。今回は大量の汚れを街の外に捨ててしまう予定なので、臨時の集積場は城壁付近に設置されている。

 そこに向かうと、木製の手押し車を押して汚れを街の外に運んでいくたくさんの男達がいた。外に続く門が半分ほど開かれていて、そこではたくさんの騎士達が警備をしている。


 門の隙間から見えた外の光景は、何とも言えないものだった。あってないような獣道程度の街道が伸びていて、その両脇には畑が広がっているけれど……所々荒らされていたり作物が枯れたりしていた。

 フィリップは一度だけ父上に連れられて王都の外に出たことがあるけれど、あの時はまだ幼かったし馬車の中で必死に揺れに耐えていたから景色を見る余裕なんてなかったので、こんなにまじまじと外の様子を見るのは初めてだ。


「街の外は荒れていますね」

「ほとんど管理ができないのだから無理もないな」

「結構近くに森もあるのですね」


 マティアス様が指し示した方を見てみると、確かに徒歩で行ける距離に森があるのが見える。


「あの森を入ってすぐのところに川があるんだ」

「森の中は……やはり魔物がたくさんいるでしょうか?」

「草原よりも生息数は多いだろうな」


 この国にいる魔物を一度見てみたいな。フィリップも実物は見たことがないので、どの程度の強さなのか、前の世界と全く同じ魔物が生息しているのかなど判断できないのだ。魔物についてはまだ殆ど学んでもいなかった。


 でも魔物が見てみたいからといって、無謀に森に突撃する勇気はない。魔物は前の世界であってもかなりの被害を引き起こすものもいたし、そんな魔物と出会ってしまえば子供の俺なんて一撃でやられてしまう。

 魔物はもちろん魔法陣魔法は使えないけれど、魔力の塊を巧みに操って攻撃してきたり、そもそも身体能力が人間よりも圧倒的に優れているものが多いから危険なのだ。


「皆の者、清掃に協力感謝する。街の外に出る仕事は危険も多いだろうが、もう少し頑張ってほしい」

「おうっ! もちろんだ」

「俺達の街だからな。まさか汚れが病気の元だなんて知らなかったぜ」

「病気の元は魔物にでも食わせとけばいいんだ」

「はははっ、そりゃあいい、魔物がいたら投げつけてやる」


 ファビアン様の激励に、男性達は豪快に笑いながら答えてくれた。凄く頼もしい人達だ。


「ゴブリンをクソまみれにしてやるぜ」

「ガハハっ、そりゃあ傑作だな」


 ……ちょっと下品だけどね。まあそれは、目を瞑ろう。


 それよりもゴブリンがいるのか。そうなってくると魔物の生息状況も前の世界と同じかもしれない。知識をまとめた時には現状との互換性は不明だってことにしておいたんだけど、これならあの知識も相当に役立ちそうだ。


 そうして穏やかに清掃の見学をしていたところに、突然緊迫の雰囲気が漂うことになった。

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