第34話 衝撃の事実(ティナ視点)
その日の教会は朝から騒がしかった。いつもは決まった時間に礼拝堂を訪れる以外は奥の部屋で祈りを捧げておられる大司教様が、朝から慌ただしく活動されているご様子だ。何か重大な事件でもあったのだろうか?
そう不思議に思いつつも、助祭である私に情報が回ってくることもないだろうと思い、いつも通りに仕事をこなしていた。
しかしその予想は外れることになる。
「ティナ、今すぐ大司教様のお部屋に向かいなさい」
お昼を少しすぎた時間帯に、突然大司教様のお部屋に呼ばれたのだ。大司教様のお部屋など一度も入ったことがない……私は緊張しつつ急いで身支度を整え、呼びに来てくれた司祭様と共に大司教様のお部屋へ向かった。
そして中に入るとそこにいたのは……涙を流して神に祈りを捧げている大司教様だった。それほどに嬉しい出来事があったのかしら?
「ウジェーヌ大司教様、ティナを連れて参りました」
「ああ、よく来たな。そこに座りなさい」
「ありがとうございます。失礼いたします」
勧められた椅子に腰掛けると、大司教様も祈りをやめて向かいの椅子に腰掛ける。そして興奮の面持ちで口を開いた。
「ティナがいつもご案内している公爵家のご嫡男様がいるだろう? どのお方だか分かるか?」
「……フィリップ様、でしょうか? ラスカリナ公爵家のご嫡男様です」
「そうだ、そのお方だ! 実は先程入った情報なのだが、そのお方は使徒様らしいのだ。ティータビア様から様々な知識を賜り、お言葉まで頂いたらしい!」
フィリップ様が使徒様……? あの聡明でお可愛らしいあのお方が?
「ティナはこのことを知っていたのか?」
「……いえ、存じ上げておりませんでした」
「そうか、使徒様も公表のタイミングを図っておられたのだろう。それでどんなことでも良いのだ、使徒様について知ってることを話してくれないか?」
大司教様は身を乗り出す勢いでそう口にした。確かにフィリップ様とはたくさんのお話をして知っていることも多いけど……それを他人に話すのはあまり気が進まない。
でも何も知らないなんて嘘は許してもらえないわよね。
「知っていることはあまり多くないのですが、思い浮かぶことだけで良いのであれば……」
「もちろん構わない! 使徒様のことであれば何でも知りたいのだ」
「かしこまりました……では、孤児院の話を」
孤児院について他国にはあると仰っていたけれど、もしかしたらあれもティータビア様からの知識だったのかもしれない。それほどに素敵なお話だったもの……
「身寄りのない子供達を引き取って、成人するまで育てる場所のことだそうです。フィリップ様がそのような夢の場所があると仰っておりました」
「……素晴らしい! さすがティータビア様のお考えだ」
ティータビア様のお考えというよりも、あの話をしてくれたのはフィリップ様の意志だと思うのだけれど……私は上手く大司教様のお言葉を飲み込むことができなかった。
そうしてその日は、フィリップ様とお話ししたことを大司教様に求められるまま話した。
それから数日後。フィリップ様が使徒様として教会を訪問することになった。私は何とも言えない複雑な気分で準備を整え、フィリップ様を出迎えるために教会の入り口に向かった。
いつもより豪華な王家の馬車に乗って現れたのは、陛下と宰相様、王太子殿下と宰相様のご子息、そしてフィリップ様みたいだ。頭を下げながらもチラッとフィリップ様の様子を窺うと、そこにはいつもより硬い表情のフィリップ様がいた。
「ようこそお越しくださいました。私はティータビア教のラスカリナ王国教区で大司教をしております、ウジェーヌでございます。使徒様のご尊顔を拝することが出来ましたこと、至上の喜びにございます」
大司教様がいつもの数倍は活き活きとしたお声でフィリップ様にそう声をかけた。するとフィリップ様は少しの間だけ目を見開き驚きを現したけれど、すぐに貴族様らしい笑みを浮かべてそれを隠す。
「初めまして、フィリップ・ライストナーと申します」
「陛下方もようこそお越しくださいました。では皆様早速中へどうぞ。使徒様と共に祈らせていただけるなど、計り知れない幸運でございます。本日はよろしくお願いいたします」
それからは礼拝堂まで移動し、皆で一斉に祈りを捧げた。そして祈りが終わると、フィリップ様は休憩室にも寄らずに帰られると仰った。
このままだとフィリップ様とは一言も話せないまま。もしかしたら、もう今までのようにお話しさせていただけることはないのかもしれない。そんな考えが頭を過って言いようのない寂しさを感じていたら……、突然フィリップ様に話がしたいと声をかけられた。
「ティナ、少しだけ付き合ってくれるかな?」
いつものようにティナと呼んでくださって、さらにはいつも見ているどこか安心できる笑みを浮かべてくれた。
私はその事実が自分でも驚くほどに嬉しくて胸がギュッとなるのを感じたけれど、助祭という立場でこの申し出を受けても良いのか分からずに、大司教様に視線で可否の判断を求めた。すると大きく頷いてくださったので、私はフィリップ様について行く。
何のお話なのかしら。もう今までのようには話せないと言われるのか、使徒様として助祭である私に苦言を呈されるのか……そんな悪い想像ばかりが浮かんできて、緊張しながらフィリップ様に続いて中庭に入った。
フィリップ様は中庭に他の人がいないことを確認すると、くるっといつものように振り返って私のことを見上げる。
「……驚いた?」
これはどういう問いなのだろう。今まで気づかなかったことを謝罪した方が良いのかしら……
「はい。まさかフィリップ様が使徒様であらせられたとは。今までのご無礼をお許しください」
「ううん、無礼だなんて思ってないよ。逆に今まで隠しててごめんね。仲良くなれてたから打ち明けづらくなっちゃって……」
使徒様であるフィリップ様が謝罪を……! 私はその事実に畏れ慄き、思わず咄嗟に頭を下げた。
「いえ、使徒様のお考えあってのことでしょうから、私に謝る必要はございません」
「……ティナ、今まで通りに仲良くはしてくれない?」
私の返答を聞いたフィリップ様のお声が沈んだものになり、先程まで私のことを見上げていたお顔を俯かせてしまった。フィリップ様には笑顔がお似合いなのに……でも、フィリップ様は公爵家のご嫡男様で使徒様であらせられる。私は家族もいないただの平民で教会での立場も助祭だ。
「使徒様と仲良くさせていただくなど、助祭の私には烏滸がましいことでございます」
「それが……、ティナの本心?」
フィリップ様はお顔を上げられて、意志の強い瞳で私のことを見つめられた。私の本心は……もちろん、今まで通りフィリップ様と仲良くしたいに決まっている。
毎週フィリップ様が教会を訪れて私に様々な話をしてくださって、本当に楽しくて幸せだった。私に家族がいたらこんな感じなのだろうかと、そんな不敬な想像をしてしまうほどには……
「本音を……申し上げてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
私の問いかけに無邪気な笑みを浮かべてくれたフィリップ様に背中を押され、思わず胸の奥に隠しておくつもりだった本音を溢してしまう。
「ありがとうございます。……その、言いづらいのですが、フィリップ様のことは弟のように思っていました。なので距離ができてしまうのは少し寂しいと、そう思っております」
その言葉を口にしてしまってから、やっぱりさすがに不敬だと怒られるかもしれない。そう思って恐る恐るフィリップ様のお顔を覗くと……、フィリップ様はどこかがっかりとしたような表情を浮かべられていた。
やっぱり求めていた返答と違ったんだわ。
「私などがフィリップ様を弟のように思うなど、烏滸がましい以外の何物でもないのですが……」
一度口に出したことは消せないけれど、何とか発言を取り消せないかと悪あがきをしてみる。するとフィリップ様は思わぬ言葉を口にした。
「……ううん。嬉しいよ、ありがとう」
「本当ですか……?」
「うん。ティナさえ良ければこれからも仲良くしてくれたら嬉しいな。……弟と、思ってくれても良いから」
そう言って笑みを浮かべたフィリップ様の表情は、とても嘘を言っているようには見えなかった。私はフィリップ様のその言葉に、さっきまでの落ち込んでいた気持ちはどこへ行ったのかというほど、嬉しくて楽しい気分になる。
「ありがとうございます。フィリップ様、これからもよろしくお願いいたします」
これからもフィリップ様と仲良くさせていただけると分かっただけで、ここ数日の憂鬱な気持ちが吹き飛んだ私は、自分の顔が緩むのを抑えられなかった。
〜あとがき〜
ここで第一章が完結となります。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。楽しんでいただけたのであれば嬉しいです!
面白かった、続きが読みたいと思ってくださった方は、ぜひ星での評価やコメント等いただけたらと思います!
第二章は王都改革編、ついにここまで練ってきた改革計画を実行していくことになります。
6月18日の土曜日から第二章の投稿を開始する予定ですので、よろしくお願いいたします!
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