第33話 フィリップの立場

 魔法陣魔法の授業をしてから数日後。俺は陛下と宰相様、ファビアン様、マティアス様と共に貴族街にある教会に向かっていた。

 俺がティータビア様から知識を授かったという情報がついに出回り始め、教会の耳にも入ったらしいのだ。最初は俺を教会所属にって言われたみたいだけど、最終的には定期的に教会を訪れるということで折り合いをつけたらしい。


「フィリップ、あまり気負わなくとも大丈夫だ。教会もティータビア様から知識を授かった者に対して、強引に何かをするということはないだろう」

「はい。ありがとうございます」


 教会を訪問すると決まった時から、俺がため息ばかり吐いているから皆に心配されているんだけど、俺は別に教会を恐れているというわけではない。

 

 ……ただ、ティナにどう思われるかなと心配しているだけなんだ。仕事が休みの時は毎回教会に行ってたから、ティナとは何度も会ってかなり仲良くなることができたと思う。

 最近は前みたいなかしこまった態度じゃなくて、距離感も縮められたのに……俺がティータビア様から知識を授かったなんて事実を知ったらどうなるんだろう。今まで通りに接してくれるかな……


 それだけが心配で思わずため息が溢れてしまう。ずっと隠しておけることでないのは分かってたんだけど、もう少し仲良くなってから明かしたかった。

 はぁ……こんなに教会へ行くのが憂鬱なのは初めてだ。もうティナの耳にも俺のことが伝わってるのかな。



 それから数十分馬車に乗っていると、通い慣れた教会の前に到着した。馬車から降りると布をたっぷりと使った祭司服を着ている男性を筆頭に、数十名の祭司達に出迎えられた。

 ティナは……いた、端の方で頭を下げているので表情は窺えない。


「ようこそお越しくださいました。私はティータビア教のラスカリナ王国教区で大司教をしております、ウジェーヌでございます。使徒様のご尊顔を拝することが出来ましたこと、至上の喜びにございます」


 使徒様……そうか、俺は使徒ってことになるのか。今まで考えたこともなかったけど、ティータビア様からこの地に遣わされたと考えれば使徒という呼び名も違和感がない。俺が使徒……なんだか衝撃だ。


「初めまして、フィリップ・ライストナーと申します」

「陛下方もようこそお越しくださいました。では皆様早速中へどうぞ。使徒様と共に祈らせていただけるなど、計り知れない幸運でございます。本日はよろしくお願いいたします」


 大司教様にとっては陛下よりも俺の方が立場が上らしい。使徒だと考えるとそうなるのも分かるけど……あんまり敬ってほしくないな。実感は湧かないし、何よりも俺はただのフィリップでありたい。

 使徒として持ち上げられたら人間らしい生活が送れなくなりそうだ。


「ウジェーヌ大司教様、一つお願いがあるのですが」

「何でしょうか? 使徒様の願いとあらばこの命をかけて遂行いたします」


 そう簡単に命はかけないでください……何も頼めなくなっちゃうよ。


「そこまで気負うことではありません。私の呼び方を使徒ではなくフィリップにしていただきたいだけなのです」

「使徒様と……お呼びしてはならないということでしょうか?」


 大司教様は予想以上に落ち込んで、その場に立ち止まってしまった。いやいや、そんなに落ち込むことじゃないよ?


「絶対にダメということではないのですが……できればやめていただきたいです。私はティータビア様から選ばれた存在ではありますが、その前にフィリップという一人の人間ですので」

「ですが、フィリップ様が使徒様であるということは紛れもない事実でございます」

「それはそうなのですが……」


 そんな捨てられたような目で見ないでください! 俺が悪いことしてる気分になる!


「……では、教会の中だけならば使徒と呼ぶことを許可します。しかしその呼び名を外に広めたり、教会の外でその呼び名を使ったりはしないでください」

「かしこまりました! ありがとうございます!」

 

 大司教様が悪い人じゃないっていうのは聞いていた通りだけど……ちょっとティータビア様への信仰心が強すぎる気がする。大司教ともなる人は誰でもこんな感じなのかな。



 それから皆で礼拝堂に向かい、毎週欠かさず行っているようにティータビア様に祈りを捧げた。そして祈りを終えて周りを見ると……、一部の祭司達が号泣していた。

 いや、号泣は引く。号泣している祭司達を見て、少し距離をとっている祭司達との方が気が合いそう。


 やっぱり宗教って良い面もあるけど怖い部分もあるよね。そんなことを改めて認識していると、全員が祈りを終えたようだ。


「フィリップと共に祈っているというだけで、いつもと何かが違う気がするな」


 そう感想を口にしたのは隣にいたファビアン様だ。


「そうなのですか?」

「僕も感じました。神様方と繋がりがあるような……不思議な感覚でした」

「マティアスもかい? 私も感じたよ」

「父上も感じたのですね」


 ここまで皆が同じ意見だと、気のせいで片付けられるものではなさそうだ。俺の祈りにそんな要素があったなんて驚きだな……俺が祈っている時は、ティータビア様が近くで聞いてくださっているんだろうか。そう考えるととても心強い。


 ――ティータビア様、これからもお見守りください。


 俺は再度挨拶をして、礼拝堂から退出するべく後ろを振り返った。そして礼拝堂の外にある渡り廊下へ向かう。


「使徒様、休憩室を使われますか?」

「いえ、本日はこのまま帰ります。しかしその前に一つだけ、彼女と話をしても良いでしょうか? 今までここに通っていた際にお世話になりましたので挨拶をしたくて」


 俺がそう言ってティナを示すと、大司教様は快く頷いてくれた。


「ティナ、少しだけ付き合ってくれるかな?」

「かしこまりました」


 いつもの笑顔を見せてくれない硬い表情のティナを連れて中庭に向かい、中庭に誰もいないことを確認してティナを見上げる。


「……驚いた?」

「はい。まさかフィリップ様が使徒様であらせられたとは。今までのご無礼をお許しください」

「ううん、無礼だなんて思ってないよ」


 やっぱりこうなっちゃうのか……せっかく仲良くなれたと思ってたのに。俺は胸の奥がキュッと痛くなるのを感じた。


「逆に今まで隠しててごめんね。仲良くなれてたから打ち明けづらくなっちゃって……」

「いえ、使徒様のお考えあってのことでしょうから、私に謝る必要はございません」

「……ティナ、今まで通りに仲良くはしてくれない?」


 俺は無理だと断られるのが怖くて、そう聞きながら無意識に俯いてしまった。ここで断られたらしばらく引きずりそうだ……


「使徒様と仲良くさせていただくなど、助祭の私には烏滸がましいことでございます」

「それが……、ティナの本心?」


 俺は意を決して俯いていた顔を上げてティナを見上げた。そこには神に仕えるものとして尊敬の念はあっても親愛の念はないのだろう……そう思っていたのだけれど、ティナの表情はもっと複雑なものだった。

 尊敬と親愛と悲しさが入り混じったような……そんな表情。もしかして、ティナも俺と親しくなりたいと思ってくれてる?


「本音を……申し上げてもよろしいでしょうか?」

「もちろん!」


 俺はさっきまでの沈んだ気持ちはどこに行ったのかというほど、明るい声音で返事をした。


「ありがとうございます。……その、言いづらいのですが、フィリップ様のことは弟のように思っておりました。なので距離ができてしまうのは少し寂しいと、そう思っております」


 …………弟。え、そこで弟なの!?


 俺は思わず力が抜けて、地面に膝を突きそうなところを必死に耐える。弟、弟かぁ……まあ確かに歳の差と身長差からして弟に思えるのだろう。

 うぅ……やっぱり背を伸ばさないとダメだ。早く大人になりたい。


「私などがフィリップ様を弟のように思うなど、烏滸がましい以外の何物でもないのですが……」

「……ううん。嬉しいよ、ありがとう」


 使徒として敬う立場と敬われる立場になっても何とも思わないとか、そんな答えが返ってくるよりは何倍も嬉しい。――でも弟かぁ。


「本当ですか……?」

「うん。ティナさえ良ければこれからも仲良くしてくれたら嬉しいな。……弟と、思ってくれても良いから」


 今のところはだけどね! 背が伸びるまで、成人するぐらいまでは弟に甘んじることも許容する。


「ありがとうございます。フィリップ様、これからもよろしくお願いいたします」


 そう言って微笑んだティナの表情が思わず見惚れてしまうほど綺麗で……俺はそれ以上文句を思い付かなくなってしまった。とりあえずティナの近くでこの笑顔を見られるのならば良しとしよう。

 でも、背は早く伸びて!

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