第32話 魔法陣魔法の授業 後編

「陛下、鋭いご指摘ありがとうございます。他に質問はございますか?」 


 大会議室をぐるっと見回して、誰も手を挙げていないことを確認する。


「ないようですので、授業の続きに移りたいと思います。次は早速魔法陣を描いていただきます」


 魔法陣魔法を習う上でとにかく最初にやることは模写なのだ。何百回何千回と模写をすることで正確な魔法陣を描けるようになる。


「皆様のお手元にある魔法陣の中で、神聖語以外の部分を別の紙に書き写してみてください。その魔法陣を歪まず崩さず間違えず、完璧に描かなくては魔法陣魔法は絶対に発動しません。とにかくまずはその魔法陣を何も見ずに素早く描けるようになることが先決です。そしてそれができるようになれば、あとは中に神聖語を当てはめるだけになります。まずは魔力ではなくペンで構いませんので、一度描いてみてください」


 俺のその言葉を聞いて、会議室にいる全員がペンを持って魔法陣を描き始めた。……しかし平民の皆さんはそもそもペンの持ち方すら知らないので、ほとんどの人が綺麗な直線すら描くことすらできない。

 文官や騎士達は文字を書くことには慣れているけれど、まず綺麗な円を描くところから苦戦しているみたいだ。


 最初はこんなものか……でも予想以上にひどいかもしれない。前の世界ではもう少し上手い人もいた気がするんだけど。やっぱり絵を描いた経験がないってところが問題なのかな。


 そんなことを考えながら大会議室を回って皆の手元を観察していると、ふと一枚の紙が目に入った。描いているのは二十代前半に見える平民の男性だ。


 ……この人めっちゃ上手いかも。相当才能がある。初めて描いたとは思えないほどそのまま模写できている。

 何ヶ所か間違えていたり歪んでいるところもあるんだけど、逆に間違えているところが少ししかないってことが奇跡だ。普通の人は合ってるところを探す方が大変なのに。


 声をかけたい衝動に駆られたけれど、集中力を削いじゃダメだと思って必死に我慢した。そしてそれから数十分経過して、全員がペンを置いたところで皆に声を掛ける。


「どうでしたか?」

「……予想以上に難しいな。これを全く同じように描かなければ発動しないのだろう? 並大抵の努力じゃ不可能だということが分かった」


 ファビアン様が疲れた様子でそう感想を述べてくれた。それにマティアス様、陛下、宰相様も同意の意を示している。


「私も使えるように努力するが、習得までに年単位の時間がかかるというのも頷ける。この魔法陣を描く練習の他に、神聖語も学ばなければいけないのだからな」

「フィリップ君、この魔法陣を見てどう思う?」


 宰相様は俺のところまで紙を持ってきて見せてくれた。才能がないとは言わないけど……習得できるまでには相当の努力が必要だろう。


「かなりのダメ出しになりますがよろしいでしょうか?」

「もちろんだよ」

「ではまず一番外側の円が歪んでいます。その時点で既に魔法陣は失敗です。さらに例え外側の円を無視したとしても、もう一つ内側の円もまた歪んでいます。この二つの円の隙間は等間隔でなければいけません。遠ざかったり近づいたりしているのは論外です。そしてこの隙間に書き込まれた装飾文字ですが、こちらも正確に合っているものが一つもありません。さらにその内側の五芒星ですが、こちらも歪んでいます。また直線が曲線になってしまっています。そして円と五芒星の間の装飾も正確でないです」


 要するに……一箇所も正しい箇所がないのだ。さすがに言いすぎたかなと思って恐る恐る宰相様の顔を見上げると、苦笑しつつも頷いてくれていた。


「はっきり言ってくれてありがとう。自分でも全くダメだなとは思っていたからね」

「いえ……あの、色々言ってしまいましたが、最初から全てを配置通りに描けているというだけで凄いと思います。なので、これから練習すれば描けるようになるかと」


 実際本当にダメな人は、装飾を書き込む隙間すら確保できなくなってしまうのだ。その点宰相様は歪んだりしているけれど、全てを配置通りに描くことはできている。


「そうか、では頑張って練習することにするよ」


 それからは皆さんの魔法陣を順番に確認していった。ほとんどの人が宰相様と同じようなレベルだったけど、裏を返せば絶望的なほどに才能がない人はいないということだ。俺は安心しながら修正箇所を提示していく。

 そして騎士と文官達の分を確認し終わり、ついに平民の皆さんの順番になった。


「よろしく頼む」


 まず紙を持ってきてくれたのは、授業の前にも率先して俺の呼びかけに答えてくれた男性だった。魔法陣を見てみると…………うん、えっと……要練習かな。


「やっぱりダメだよな? 自分でも分かってんだ。ただペンを握ったのが初めてだからよ、上手くいかなくてな」


 そうだよね、初めてペンを持った人が上手く描けるわけがないんだ。平民の皆さんには読み書きの授業も受けてもらうし、これからに期待かな。


「まずはペンに慣れるところからですね。読み書きの授業を受ければ自ずとできるようになると思いますので、落ち込まずに頑張りましょう」

「おう、頑張るぜ」


 それからは最初の男性と似たようなレベルの魔法陣が提出され、ペンの扱いを学んだことがあるかどうかでここまで変わるのかと気づきを得ていた時、ついに俺が気になっていた男性が魔法陣を提出してきた。


「あの、お願いします」

「はい。ありがとうございます」


 やっぱり凄い……ほとんど歪みなんてないから、細かいところをもっと正確に描けるようになれば、近いうちに発動できるようになるかもしれない。この人は確実に才能がある。


「とても素晴らしいです。何箇所か間違えているところはありますが、ほとんど問題がありません」

「ほ、本当ですか! 良かったです」


 男性は恥ずかしそうに頭を掻きながら笑みを浮かべた。ヒョロッと高い身長にタレ目が優しげな印象を与える顔立ち。癖っ毛なのかふわふわした髪の毛は後ろで一つに縛られている。

 服装は小綺麗で体も汚れている風がない。さらに敬語も話しているってことは、平民の中ではかなり恵まれた育ちなのかな。


「お名前を聞いても良いでしょうか?」

「シリルと申します」

「現在お仕事はされていますか?」

「実家の手伝いをしています。実家は農家から野菜を仕入れて貴族様に売る仕事をしておりまして、その関係で私も学ぶ機会がありました」


 貴族と繋がりのある商家の生まれなのか。それなら敬語が使えるのもペンの扱いに慣れているのも理解できる。


「そうなのですね。ご実家はシリルさんが継ぐのですか?」

「いえ、私は気が弱く商人は向いていないのです。なので弟に継いでもらおうと考えています」

「そうですか。では王宮で雇うことに問題はありませんか?」

「はい。雇っていただけるのならば……」

「では採用です! 明日から早速私と働いて欲しいです」


 かなり優秀な人材を手に入れられるということで気分が上がってしまった俺は、色々な過程を飛ばして採用だと口走ってしまった。周りの皆は俺の勢いに呆気に取られている。


「フィリップ、その男はそんなに才能があるのか?」


 ファビアン様が微妙な雰囲気を変えるように口を開いてくれた。


「はい。絶対に逃してはならないほど才能があります。シリルさんならば一ヶ月で魔法陣を発動させられるかもしれません」


 俺のその言葉に皆の目つきが変わった。絶対に逃してはならないと獲物を狙うような瞳になっている。


「シリルさん、王宮で働いてくださいませんか?」

「も、もちろん、断るなどあり得ません」

「ありがとうございます!」


 俺はシリルさんの手をガシッと握って上下にぶんぶんと振った。シリルさんならすぐにでも魔道具が作れるようになるだろう。俺の負担が減らせる……!


「皆さん、シリルさんのように才能がある人は特殊です。才能がなくても半年から一年程度努力すれば、魔法陣魔法が使えるようになる可能性は高いです。使えるようになったところで皆さんも王宮で雇いますので、ぜひ頑張ってください」


 他の平民の皆さんのモチベーションを下げないようにそう声をかけると、誰もがやる気に満ち溢れた顔をしていた。実際に雇われた人がいると実感が湧いてくるのだろう。


「シリルさんには早速明日から毎日王宮に来てもらいたいです。私が直接指導をしますので、頑張って魔法陣魔法を使えるようになりましょう。そして使えるようになったら魔道具師になれるよう技術をお教えしますね」

「よろしくお願いします」

「フィリップ様、僕が手続きをしておきます。シリルさんでしたか? このあと一緒に来ていただきたいです」


 マティアス様がそう言ってシリルさんを連れて行ったところで、俺は残りの人の魔法陣を確認する作業に戻った。そして全員の魔法陣を確認し終わったところで、今日の授業は終わりとなる。


 そのあとシリルさんはすぐに手続きをして王宮で雇うことになり、文官棟に引っ越してくることも決まった。早速明日から指導も頑張ろう。

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