第31話 魔法陣魔法の授業 前編

 給水器の第一号を完成させてから二日後。予定よりも数日遅れて、今日から魔法陣魔法の授業が開始されることになった。

 授業は週に二回。騎士達が一度に授業を受けられないことから、同じ授業を一日に二度することになっている。要するに俺からしたら、週に四回もの授業を行うということだ。


 今は初日第一回目の授業が始まる前の時間。授業を行う大会議室には、ファビアン様やマティアス様をはじめとして、陛下、宰相様、騎士達、王宮で働く文官達、さらに魔力量が多い平民達が大勢集まっている。

 最初は騎士と平民だけの予定だったんだけど、皆が授業を受けたいと熱望したことから、ここまでの大人数になってしまった。かなり広い大会議室なのに、人が多くて暑苦しい気がするよ……


「平民の皆さん、集まってくださってありがとうございます。予想以上に他の人達が多いですが、気にせず授業を受けてください。では前に紙とペンを取りに来てもらえますか?」


 後ろで所在なさげに固まっている平民達に向けて声を張った。この国の紙は質が悪いものでも高級品の部類に入るので、練習で使うために人数分揃えるのは少し大変だけれどここは無理を言って準備してもらった。木の板や石板などだと正確に描けなくて練習にならないのだ。

 集まってくれたのは約二十名の平民達で、下は十代後半から上は五十代ぐらいまでの男女が集まっている。


「あのさ、魔力量が多いからって志願したけど、敬語も何も習ってねぇから分からないぞ。大丈夫なのか? それに俺は文字も書けないし……」


 早速前まで来てくれた男性が、心配そうにそう聞いてきた。当然の不安だろうけど、俺も平民に読み書きができるとか敬語が使えるとか、その辺は全く期待していない。


「もちろん問題ないです。習ってないことをやれなんて無茶は言わないですよ」


 ……でもこれから魔道具師として働いてもらうことを考えると、最低限の読み書きと礼儀作法を習えるように手配した方が良いのかもしれないな。いくら気にしないでって言っても、使えない負い目を感じるだろうし。それに読み書きはできた方が絶対に便利だ。


「平民の皆さん、ちょっと前に集まってもらえますか? 少し聞きたいことがあるのですが、皆さんは週に二日の授業時間以外で空いている時間はありますか? 例えば今日の午後とか。もし空いているなら、読み書きと礼儀作法の授業も受けられるように手配しようと思うのですが……」


 俺のその提案に、ほとんどの人が一も二もなく飛びついた。やっぱり教育を受ける機会がないだけで、受けたいという意欲はあるんだね。


「もちろん時間はある!」

「こんなにありがたいことはないわ」

「それならば、読み書きと礼儀作法の授業も受けられるように手配しますね」


 俺は平民の皆さんとそこまで話すと、この会話を近くで聞いていたファビアン様とマティアス様に視線を向ける。するとお二人は大きく頷いて同意の意を示してくれた。


「フィリップ様、僕が手配をしておきます。早速次回の午後からでも良いですか?」


 マティアス様は手配まで引き受けてくれるみたいだ。これからはかなり忙しくなるからありがたい。まだまだ魔道具も作らないといけないし……


「マティアス様、ありがとうございます」

「フィリップ様は授業で忙しくなりますから当然ですよ。何かありましたらすぐに仰ってください」


 そうして平民の皆さんは午前に魔法陣魔法、午後に読み書きと礼儀作法の授業を受けることが決まった。



 それから十数分後、授業を受ける人達が全員会議室に集まったところで授業開始だ。


「それでは魔法陣魔法の授業を始めたいと思います。まずはこれから配る一枚の紙を皆様に見ていただきたいです」


 列ごとに紙を回してもらい、一人一枚行き渡ったことを確認してから再度口を開く。


「配った紙に描かれてあるのは、一番の基本となる魔法陣です。この魔法陣は私が紙にペンで描いたものなので発動はできませんが、これを魔力で描くと発動できます。見ていてください」


 俺は殊更ゆっくりと、皆が見やすいように大きく魔法陣を宙に描いていった。そして描き切ったところで魔力を込めずにそのまま止める。宙に描いた魔法陣は、数分間なら発動を待機させられるのだ。


「魔法陣魔法の使い方は三通りありますが、まず一つ目がこのように宙に魔法陣を描く方法です。指先に魔力を集めることで、このように魔法陣を描くことができます。そしてこの描いた魔法陣に魔力を込めると……魔法陣に描かれた通りの魔法が発動します」


 俺が魔法陣を発動させた瞬間、魔法陣から全方向にそよ風が発生した。風の起点を指定していないので魔法陣から、さらに風の向きも指定していないので全方向に風が向く。


「この魔法陣は数秒間だけ、そよ風を発生させるというものです。手元にある魔法陣を見てもらいたいのですが、一番真ん中や五芒星の中に書かれた文字があるのが分かるでしょうか。その文字がどのような現象を発生させるのか指定しています。神聖語といって、魔法陣魔法にのみ使われる言語となります」


 俺のその説明に、誰もが難しい顔で魔法陣と睨めっこをしている。……まあ今の段階では、文字だということさえも分からないだろう。


「魔法陣魔法とは、決められた魔法陣の中に神聖語を書き込み完成するものです。よって皆様には、魔法陣の描き方と神聖語についてをこれから学んでもらいます」


 こうして改めて授業を始めてみると、習得してもらうまではとてつもない時間がかかりそうだな……特に平民の皆さんは学ぶという行為に一切慣れてないし、読み書きでさえも全くできない。気長にやるしかないか。


「では早速魔法陣の描き方を……と言いたいところですが、その前に魔法陣魔法を発動させる他二つの方法について説明します」


 それからは魔紙と魔道具の実物を見せながら二つの方法について説明をして、とりあえず魔法陣魔法の発動方法については皆さんに分かってもらえた。


「ここまでで質問はありますか?」

「一つ良いか?」


 手を挙げたのは陛下だ。やっぱり陛下が口を開くと場の雰囲気が引き締まるんだよね……これこそ威厳があるってことなのだろう。俺もこうなりたい。


「もちろんです」

「ありがとう。ここまでの説明を聞いた限りでの疑問なのだが、もしかして神聖語については学ばずとも魔法陣魔法は使えるようになるのか?」

「はい。魔法陣を丸暗記して正確に描けるようになれば使えるようになります。しかしそれだと応用が全くできませんし、その時々に応じて魔法陣を調節するということもできなくなってしまいますので、お勧めはいたしません」


 魔法陣魔法って応用できないとかなり不便なのだ。水を出現させる魔法一つとっても、丸暗記したものだと出現場所を変えることもできない。


「確かにそうだろう。しかし魔道具を作るという点からみれば、丸暗記さえできれば作れるのではないか? もちろん神聖語の授業と並行しつつ、それ以外の空いた時間で魔道具を作ってもらうことはできると思ったのだ」

「……確かに可能です。しかし魔法陣魔法を発動させられるようになるまで早くとも数ヶ月はかかりますので、それまでに神聖語も最低限は覚えられるかと」


 いや、平民には数ヶ月で神聖語を覚えるのは難しいのかもしれない。何せ今まで教育なんて全く受けていないのだ。そう考えると神聖語はのんびりと教えつつ、暗記してもらった魔法陣で魔道具作りを始めてもらうのもありかも。


「もし魔法陣魔法が発動できるようになっても神聖語に手をつけられていなかった場合は、並行して魔道具作りも行ってもらうことにいたします」


 俺のその言葉に、ファビアン様とマティアス様が頷いてくれたのが視界に入る。平民の皆さんにとっては大変だろうけど、頑張ってもらおう。

 今は他の仕事の合間に授業を受けに来てもらってるって感じだけど、魔法陣魔法が発動できた段階で早めに王宮で雇うことも視野に入れないとだな。

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