第30話 魔道具のお披露目
「ファビアン様、マティアス様、一つ目の魔道具が完成しました」
いつも三人で仕事をしている机の上に魔道具を置いてそう告げると、二人は興味津々な様子で机の上を覗いてきた。他の人達にも俺の声が届いたのか、皆がこちらを気にしているようだ。
「これが魔道具なのか……随分と小さいのだな」
「水を出現させるという単純なものですから。もっと複雑なものになり他の機構と組み合わせるとなると、大きくなっていきます」
「これって僕達が発動できるのですか?」
マティアス様は今にも手を伸ばしそうなほどに、うずうずとした様子でそう聞いてきた。
「もちろんです。試してみますか?」
「良いのですか!!」
「壊れない限り何度でも使えるものですから。これは立てて設置した時に二十センチ前方、そして三十センチ下方に水球が出現するので……そうですね、こうして魔道具を設置して、この辺りに桶を置けば大丈夫かと思います」
俺のその言葉に文官さんの一人が部屋の隅にあった桶を持ってきてくれる。マティアス様はそれを受け取ると指定した場所に置いた。
「では魔力を注いでみても良いでしょうか!」
「はい。魔法陣に魔力を注ぐ時は無理に入れ込むのではなく、少しだけ魔力を注げば後は必要量を吸い取ってくれますのでお気をつけください」
「分かりました。いきます」
執務室中の大人達が見守る中、マティアス様は楽しげな表情を隠しもせずに魔法陣に魔力を注いだ。すると問題なく水球が発生して桶に水が溜まる。
「おおっ!!」
水球の発生に部屋中がどよめいた。奥で見守ってくれていた陛下と宰相様も、そのどよめきに立ち上がりこちらへやってくる。
「魔道具が完成したのか?」
「はい。やっと一つ目が完成いたしました。水を発生させる魔道具です」
「これが……私も試して良いか?」
「もちろんです」
桶が大きいもので後一度ぐらいは大丈夫そうだったので頷くと、陛下はマティアス様と場所を変わった。そして躊躇いなく魔道具に触れて魔力を注ぐ。
「これは、凄いな……魔力を注ぐと言っても、本当に微々たるものではないか」
陛下は瞳を見開き驚愕の表情を浮かべた。日頃からあの効率が悪い魔力の塊を打ち出してれば、魔法陣に注ぐ魔力なんて微々たるものだろう。少しの水を発生させるだけだし。
「単純な魔法陣であるほど魔力消費量は少ないのです。今回の魔道具は発生させる水の量も抑えてありますし、この魔道具を使えないという人はまずいないかと」
「……魔道具とは、本当に凄いものなのだな。何度も話を聞いていたが、こうして実物を見ると信じられない思いだ。これがあれば水不足などすぐに解消されるだろう」
そうだよね、これ一つあるだけで何人の命が救えるのだろう。俺がたった一日で作れるこの小さな魔道具が、この国を救うことになるのだ。そう考えると気持ちの昂りで体が震えてくる。
「フィリップ君、これはどんな名称なんだい?」
宰相様にそう聞かれて我に返った。……今は震えてる場合じゃなかった。ちゃんとこの魔道具を実用化できるように頑張らないと。
「……考えていませんでした。知識には魔道具の名称まではありませんでしたので」
本当は前の世界で呼ばれていた名前があるけれど、魔道具は基本的に発明者の名前が付けられていたので、この国では分かりづらいだろうと思って咄嗟にそう答える。
「では呼び名を考えた方が良いね。水を発生させる魔道具では長いかな」
「水を作り出すのだから……水製造道具とかで良いんじゃないか?」
陛下のその言葉に執務室にいる全員が微妙な表情を浮かべた。……あまりにもそのまますぎるよね。
「それよりも水を供給するということで、給水器はどうだろうか?」
次に口を開いたのはファビアン様だ。うん、絶対にそっちの方が良いと思う。他の皆も大きく頷いている。
「給水器ならば用途を的確に表していますし、呼びやすいので良いかと思います」
「僕も給水器に賛成です」
俺とマティアス様が賛成の意を示したことで、水を発生させる魔道具は給水器と呼ぶことに決まった。陛下が少しだけ拗ねていたのは見て見ぬ振りだ。
「フィリップ、魔道具に魔力を注ぐのは誰でもできるのだろうか? 貴族は魔力を打ち出す訓練を幼少期からやっているので問題はないが、平民は自分の魔力を放出したことなどない者が多数派だろう?」
確かに言われてみればそうだ……前の世界では物心ついた頃から当たり前のように魔道具を使っていたから、魔力量が足りない以外で使えないという事態が発生することを全く考えていなかった。
「誰でも使うことができるのか、試してみた方が良いかもしれません」
「そうだな。王宮中の者達を集めることはできるか?」
ファビアン様のその言葉に、マティアス様が大きく頷いた。
「もちろんです。近くの会議室に皆を順番に集めることにいたします。僕が周知して参りますので、ファビアン様とフィリップ様は会議室の準備をお願いできますか?」
「分かった」
それから数十分で準備を整えて、早速検証開始だ。まずやってきたのは厨房で働く料理人達。基本的に料理人は平民で、魔力など使ったこともないので検証にはちょうど良い。
「失礼します」
「よく来てくれたな。順番に並んでくれ」
なんで呼ばれたのかよく分かっていないからか、料理人達はいつもの元気の良さは鳴りを潜め、体を小さくして会議室に入ってきた。
「仕事終わりにすまないな。皆も話ぐらいは聞いていると思うが、ここにいるフィリップがティータビア様から様々な知識を授かった。その中の一つに魔力を現象に変換させるという技術があるのだが、その技術を使って作られた道具がここにある給水器だ。この給水器に魔力を注ぐと、目の前にある桶に水が出現する」
ファビアン様のその説明に、料理人達は首を傾げてまだ信じていない様子だ。
「魔力を注ぐのは誰でもでき、また壊れるまでは何度でも水を出現させられるらしい。そこでその性能が真実であるのか検証を行いたいと思う。皆も一人ずつ順番に魔力を込めて、検証を手伝ってはくれないか?」
そこまで説明をして、ファビアン様は一番前に並んでいた年若い青年に視線を向けた。青年は王太子殿下から見つめられたことで、可哀想なほど緊張している様子だ。
「あ、あの、魔力を……その給水器? に注ぐとはどのようにすれば良いのでしょうか?」
「それが分からないのだ。私達は幼少期から魔力を打ち出す訓練をしているので問題なく魔力を注げたが、今まで一度も魔力を使ったことがない場合にどうなるのかは分からない。ここでとりあえず給水器に触れてみてはくれないか?」
「か、かしこまりました」
青年はぎこちない動きで数歩前に進み、震える手を給水器に伸ばした。そして手が魔法陣に触れると…………何も起こらなかった。
「な、何も起きないのですが」
「ふむ、触れるだけではダメだということだな。フィリップ、どうすれば良いか分かるか?」
「そうですね……魔力を意識すれば良いと思うのですが。体内に魔力があるということは分かりますか?」
給水器の前に所在なさげに佇んでいる青年にそう問いかけると、その質問にはしっかりと頷いてくれた。
「はい、魔力があるということはもちろん分かります。しかしそれを意図的に使ったことはありません」
「魔力の量はどの程度ですか?」
「握り拳程度です」
魔力の量は自分の中でなんとなく分かるものなのだ。自分がどの程度の器を持っていて、さらにその器が魔力でどれほど満たされているのかも感覚的に分かる。
握り拳程度なら結構多い方だし、魔力を使ったことがないのなら当然器は満タンだろう。
「それならば必ず魔道具が使えるはずです。自分の中にある魔力を意識して、それを魔道具に注ぎ込むようにイメージしてください。指先から魔力が出ていくように」
「魔力を意識して……やってきます」
またさっきと同じように青年が給水器に手を伸ばし、手が触れたところで…………水が発生した。
「で、できました!!」
「良かったです」
最初にコツを伝授する必要はあるけれど、すぐに使えるみたいだ。これなら給水器を設置する場所に配備する騎士達に、少し説明をしてもらう程度で誰でも使えるようになるかな。
「では次の者、やってみてくれるか?」
「はいっ!」
それからは先ほどの説明を聞いていたからか、ほとんどの人が一発で給水器を使うことに成功していた。魔力量が豆粒程度しかないと言っていた人も一度ならば給水器を使うことができたので、必要魔力量も問題はなさそうだ。
一つ目の魔道具、成功して良かった。
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