第23話 国の問題と解決策 後編

「確かに現状で絵が上手い者を探すのは現実的でないですね。そうなると、魔力が多い者を集めて皆に試してもらうしかないと思います」


 俺のその言葉にファビアン様は難しい顔をして考え込む。そしてしばらくして顔を上げると、ゆっくりと口を開いた。


「魔力の多い者を集めるとして、一番なのは騎士達だと思う。騎士は騎士学校を卒業した優秀な者達で魔力とは関係ないと思われているが、実は一般的な魔力平均値よりも倍ほど魔力量が多いのだ」

「それは、貴族の子息子女が多数派だからでしょうか?」


 マティアス様のその疑問に、ファビアン様は首を横に振った。


「確かにその側面もあるだろうが、一番は騎士となる平民達の魔力平均が高いのだ。話を聞いてみると、自分に魔力が多く備わっていることに気づいたことで、この国の役に立てると思い騎士学校に入学したという意見が大多数だった」


 素晴らしいな……この国みたいに厳しい環境だと、平民達でさえ一人一人が国を守ろうという志を持っているのか。


「では騎士達を集めて、定期的に魔法陣魔法の授業をやるということで進めますか?」

「そうだな。フィリップの話からして、魔法陣魔法があれば魔物との戦いが圧倒的に有利になるようだし、やはり魔物と最前線で戦っている騎士達にまずは使えるようになってもらうべきだろう」

「僕もそれは同感です。しかし同時に騎士達以外も集めるべきではないですか? フィリップ様が仰っていた魔道具を作るにも、魔法陣魔法が使えることは前提なのですよね?」

「はい。魔法陣魔法が使えなければ魔道具は作製できません」


 騎士達は戦う者であり、その騎士達に魔道具作りをさせていてはこの国の戦力低下を招くだろう。魔道具が数分で簡単に作れるものなら騎士達に片手間で作ってもらえるけれど、実際の魔道具作りには多大な時間と労力が必要だ。


 魔道具を作るには、まず魔鉱石に魔力を使って魔法陣を描かなければいけない。そしてその魔法陣がしっかりと発動することを確認した上で、同じ魔力を纏わせた鉄ペンで丁寧に魔法陣を彫っていく必要がある。

 そして全て綺麗に彫り終わったら、ミルネリスの花の蜜を流し込んで定着させれば完成だ。どんなに早い人でも、一つを作るのに数時間はかかっていた。


「魔道具の作製は、騎士達以外に頼むべきだと思います。相当な時間と労力が必要ですので」

「そうか……では貴族の跡取り以外で騎士学校に通っていない者を集め、さらに平民からも魔力が多い者を募集しよう。マティアス、募集にはどのぐらいの期間が必要だ?」

「そうですね……王都に住む全ての者に広く情報を広めるのは難しいですが、そこまでの精度を求めないのであれば一週間ほどあれば」


 まだ魔法陣魔法についても神聖語についても全く纏めきれてないけど……最初はとにかく基本的な魔法陣を描きまくってもらうしかないから、一週間後からでも大丈夫かな。


「ファビアン様、私はいつからでも授業をすることは可能です」

「分かった。では一週間で授業をする場所の確保と授業を受ける者の選定、それから授業日程を作成しよう。騎士達は業務との兼ね合いも考えなければならない」

「かしこまりました。ではそのようにして、一週間後から魔法陣魔法の授業を始めましょう」


 マティアス様はそう言うと、決まったことを次々と紙にまとめていく。マティアス様はこの歳にして本当に頭が良くて事務処理能力が高い。宰相様の息子だからと言ったって、この歳で既に宰相補佐をやっているのは優秀だからなのだろう。


「フィリップ、一週間後から魔法陣魔法を教え始めるとして、形になるのはいつ頃だ?」

「そうですね……才能のある者は、数ヶ月程度で基本の魔法陣を発動させられるようになるかと思います。そうでない者は一年程度は覚悟した方が良いかと……さらに一年を超えてもダメな場合は、才能がなかったと諦めるべきです」

「数ヶ月だと!?」


 滅多なことでは動揺しないファビアン様が、思わず大きな声を出すほど驚いている。


「フィリップ様、才能があっても数ヶ月もの時間が必要なのですか? 僕はフィリップ様が簡単に描いているので、才能ある者が学べば数日でできるようになるのかと」


 俺が知識を得てすぐに魔法陣魔法を使っていたから誤解させたのか……確かに習得の難易度はあまり話していなかった。


「正確な情報をお伝えしていなく申し訳ございません。私がティータビア様から得た知識は単なる情報ではなく、経験も含まれるようなのです。したがって他の方が学ぶとなると、すぐに習得というのは難しいかと……」

「そうなのだな……分かった。しかし時間がかかるからと言って後回しにすることはできないので、先ほど決めた予定通りに授業は始めよう。ただそうなると、魔法陣を扱える者が増えるまでの期間についても考えなければいけないな」


 確かにこの国に悠長に構えていられる時間はない。一年も待っていたらもっと深刻な状況に変化していて、多くの人が命を落としてしまうだろう。


「そうですね。……僕はやはり水不足の解消から取り組むべきだと思います。水不足が一番の不作の原因ですし、水がなければ人は生きていけませんので」

「確かにそうだ。しかし魔法陣は使えないとなると……フィリップ、何か良い案はあるか?」

「私が魔道具を作るのはどうでしょうか? 一定範囲に雨を降らせる魔道具や、一定量の水を生み出す魔道具です。私一人で作るとなると大量生産は不可能ですが、国の管理下でいくつかの魔道具を使えば全体的に行き渡らせることも可能かと」


 魔道具ならば誰の魔力でも発動できるから、魔道具を持った騎士達がそれぞれ畑を回るとか、地区ごとに飲み水を配るために回るとか、それだけでもこの街の未来は変わると思う。

 考えたくないけど……話に聞いた限りだと、衛生的でない水を飲んで病気になって、そのまま亡くなってる人も多いみたいなのだ。そういう人だけでも減らせるだろう。


 さらに畑の水不足が解消できれば、川に命懸けで水を汲みに行く必要もなくなる。水を汲みに行って戻ってこない人も結構いるみたいだから……


「それが出来たらありがたいな。フィリップに任せても良いのならお願いしたい」

「もちろんです」

「フィリップ様、一つの魔道具を作るのに、どの程度の時間がかかるのでしょうか?」


 ……俺はあまり魔道具作製は得意じゃないんだよね。魔法陣を描くのは得意だけど、彫るのが苦手なのだ。魔道具を作るのは久しぶりだし今は子供の体だし……


「多分ですが、丸一日はかかるかと。慣れてくればもう少し早くなるかもしれませんが」

「丸一日か……そうなると作ってもらうとしてもいくつかだな。それにまずは材料を手に入れなければならない。王家が懇意にしている冒険者に頼むとして、全て揃うのに一週間はかかるだろう」


 それに陛下はミルネリスの花もあると言ってたけど、どれだけの量が採取できるのかも問題だ。もし足りなければ栽培も始めないといけない。


「ミルネリスの花はどの程度手に入るのでしょうか? 私の知識では、採取には限界があるので栽培した方が良いとのことです」

「……確かにミルネリスの花は、群生するものではありませんね」

「そうだな。栽培できるのならばすべきだろう。ではミルネリスの花は栽培する方向で、魔道具を作れるように材料の調達を始めよう」


 魔法陣魔法の授業をして、魔道具の材料を集めて魔道具を製作して、さらに神聖語と魔法陣魔法について知識をまとめて……やることが多すぎる。たまには息抜きしつつ頑張ろう。


「ファビアン様、ついでに魔紙を作る材料も手に入るようにしていただけると嬉しいです」

「確かにそうだな。では魔道具の材料と共に調達しよう」

「よろしくお願いします。それから一つ提案があるのですが……平民街へ一度視察に向かいませんか?」


 俺のその提案に、ファビアン様とマティアス様は少しだけ嫌そうに顔を顰めた。まあその気持ちは分かる、俺も話を聞いた限りでは近づきたくない場所だ。

 でも一度現場を見たことがあるのとないのとじゃ、政策の細かさが絶対に変わるのだ。視察できるのならした方が良い。


「確かに、一度見ておくことも必要だと思っていた」

「実際に見たことで思い浮かぶこともありますし、ここは行くべきですね」


 二人が決意を固めた表情で頷いてくれたところで、俺達は平民街への視察に向かうことを決めた。

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