第22話 国の問題と解決策 前編

 俺が宰相補佐として働き始めてから数週間が経ち、遂にハインツとして経験してきた知識全てをまとめ終えた。


「フィリップ、マティアス、ついに完成したな」

「やっとですね!」

「これで一安心です」


 もちろん厳密な意味で俺の持つ知識全てではないけれど、この世界で役立ちそうな知識を最大限思い出してまとめられたと思う。毎日頭をフル回転させてたからちょっと疲れた……


「フィリップ大丈夫か?」

「はい。少し疲れましたが大丈夫です。それにしても感無量ですね……」


 俺達の目の前には、相当分厚い紙の束がいくつも存在している。これ一つ一つが全てこの国を良くするための知識なのだ。そう考えるとこの紙束が、どんな宝石よりも価値のある宝物に思えてくる。

 いや、実際この国では宝石なんて食べられないし使い物にならないんだから、比べ物にならないほどこの紙束の方が価値が高いだろう。


「これらの紙束は厳重に保管することにしよう」

「そうですね。複製もしておきますか?」

「そうだな……しかし誰かに頼むというのも難しい。フィリップは魔法陣魔法と神聖語についてのまとめは捗っているか?」


 そうだった……その二つが残ってたの忘れてた。魔法陣魔法はまだしも、神聖語は一つの言語だからまとめるのに時間がかかっているのだ。空いてる時間にやってはいるけれど、まだ一割も終わってないのが現状だ。


「魔法陣魔法は、基礎だけならばとりあえずまとめ終わっています。しかし応用や新たな魔法陣を開発する過程などは、手をつけられていません。それから神聖語は一割ほどしか進んでいません」

「分かった。では明日からは一日に二時間ずつ程度、フィリップは魔法陣魔法と神聖語のまとめ、私とマティアスがすでにまとめた知識の複製をするとしよう。それで良いか?」


 ……それはありがたい。今までは屋敷に帰ってからしか作業できなかったこともあり、全然進まなかったのだ。やっぱり夜はすぐに眠くなるし、休みの日はマルガレーテとローベルトに捕まってつい遊んでしまう。


「とてもありがたいです」

「僕もそれが良いと思います」

「では明日からはそうしよう。そしてその二時間以外の時間は、実際にこれらの知識を使いどう国を良くしていくのかを考え、実行する時間だ。これからもっと忙しく大変になると思うが、よろしく頼む」


 ファビアン様がそう言って俺とマティアス様を見回したので、俺はしっかりと頷きを返した。ここからが本番だ。精一杯頑張ろう。



 それから少し早めの昼食を済ませ、俺達は早速どこから改革していくべきかを話し合うことになった。


「まずはこの国の問題点を列挙してみるのが良いと思います。優先順位もつけるべきでしょうし」

「確かにそうだな。ではそれぞれこの国の問題点を出し合おう。……私はやはり食料だと思うのだ。十分に食べることが出来なければ体は大きくならず、働くとしてもその効率は下がってしまう。さらに魔物にやられる可能性も上がるだろう」


 ファビアン様の言う通りだ。とにかくこの国は様々なところで悪循環が起きていて、食料不足もそのうちの一つとなっている。食料がないから大きく強くなれず、魔物や病にやられてしまう。そうでなくとも体が細くて小さいことで、出来る仕事が限られてしまう。


「僕もそれには同感です。そしてその根本的な問題は水不足であると思います。昔は湧水も多く川から簡単に水を引けたのかもしれませんが、今この国では井戸の水でさえそこまで量は多くなく、川の水は魔物に阻まれて街中まで引くことが難しいです。さらに近年は雨量も減ってきているかと……」


 井戸水も潤沢ではなく川の水を汲みに行くのは命懸け、さらに雨もあまり降らない。悪いことばかりだ。


「フィリップはどう思う?」

「私は……この国の一番の問題は魔物の脅威だと思います。人が魔物に打ち勝てず、街の中に隠れ住むしかないというのが一番の問題かと。もし魔物の脅威がなければ、川の側に畑を広げることができます。作物がよく育つ肥沃な土地を選び、畑を作ることもできます。また他の街や国と交易をして足りないものを補い合うこともできます。全て魔物の脅威にさらされているからこそ、できていないことです」


 ファビアン様からこの国の歴史を聞いて、俺が前に生きていた世界とこの世界で何が違うのかと言ったら、ひとえに人間の強さのみなのだ。やはり魔物に追われて、頑丈に作った壁の中という小さな空間でしか生きていけないのが一番の問題だと思う。


「そしてなぜそのような現状に陥っているのか、それはこの国に魔法陣魔法が存在していないからです。私が得た知識を総合して考えるに、魔法陣魔法を広めることで魔物に勝てるようになれば、この国は良い方向に向かうと思います」


 俺がそこまでを一気に話すと、ファビアン様とマティアス様は二人とも大きく頷いてくれた。


「フィリップの言う通りだな。なぜ我が国がこのような現状になっているのか、それは魔物から隠れることを選んだあの歴史から始まっているのだろう」

「あの頃はそれ以外に方法がなかったのだと思います。しかし今はフィリップ様がティータビア様から賜った知識がある。今こそ魔物と対峙する時ですね」


 三人でお互いに顔を見合わせ、これからこの国を救っていこうという気持ちを同じくして頷き合った。


「まずやるべきことは、魔法陣魔法を広めることか?」

「そうですね……理想は国民全員が教育機関に通うことができ、そこで魔法陣魔法について学び、その中で才能がある者を選出して上位の学校でさらに学べるようにするというものです。しかし現状でそれは難しいと思うので、どうやって才能のある者を選出するかが問題ですね。というのも、魔法陣魔法は才能のあるなしが大きく関わる技術なのです」


 前の世界で、いくら練習をしても一度も魔法を発動できない人もいた。逆に一年学んだだけで独自の魔法陣を作り出している人もいた。それほどに才能の有無が及ぼす力は大きい。


「どのような者が才能があると言えるのだ?」

「まずは魔力が一定以上あること。これは最低条件です。魔法陣を描き切る魔力がない人では絶対に魔法陣魔法は使えません。さらに絵が上手い人の方が魔法陣魔法を使える人が多いです。魔法陣はとても複雑なものですが、少し歪んでいたり内容が違っていると発動することはありませんので、正確に素早く書く力が必要です」


 魔力の大きさは自分でなんとなく把握できるだろうし、それこそ魔力の塊を打ち出せる人は十分な魔力の持ち主だと思う。問題は魔法陣を正確に描ける力を持っているのかどうかなんだ……これは前の世界でも度々議論になっていた。

 幼少期から魔法陣をずっと描かせていれば身につく力だとか、綺麗な円を描けるようにひたすら練習すれば良いだとか、字が綺麗な人は魔法陣を描ける人が多いから字の練習をしろだとか、様々な仮説のもとに検証がされていたけれど、結局はこれをすれば魔法陣を描けるようになるというものは見つかっていなかった。

 

 俺としては生まれ持った才能がある上で、さらに努力した者のみが描けるようになるのだと思っている。


「絵など描く機会はほとんどないから、誰が上手いかどうか判断できんな……」

「絵師はこの国に数えられるほどしかおりません」


 そっか……この国は絵なんて描いていられる状況じゃないのか。絵を描くぐらいなら畑を耕すことを選ぶだろうし、そもそも顔料を採取するなら水や食料を採取すべき現状だ。

 そう考えると、魔力量のみで人を集めるのが一番効率的かもしれないな。

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