第21話 おませな男の子(ティナ視点)
「ティナ、ライストナー公爵家の方々がご家族で礼拝にいらっしゃるようです。他の案内係は皆手が空いていないので、ティナが向かってください」
「司祭様、かしこまりました」
私は畑で草むしりをしていたので、急いで汚れた手を洗い服を着替えて、正面玄関に向かった。すると息を整える間も無く、すぐにライストナー公爵家の方々が到着する。
……そういえばライストナー公爵家は、馬車を所持しているのだった。忘れていて危うく遅れるところだったわ、これからは気をつけないと。
「ライストナー公爵家の皆様、ようこそお越しくださいました」
馬車から降りて来たのは公爵夫妻と三人の御子様。公爵夫妻はとても見目麗しく、御子様は皆可愛らしい。一番大きな子が私の方をじっと見てるけど……急いで着替えたからどこかおかしかったかしら?
「出迎え感謝する。では早速礼拝堂へ案内してくれるか?」
他の皆様には見られていないから大丈夫みたいだ。私はそう安堵して、案内するために皆様を中へ促した。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
渡り廊下をゆったりと、急ぎすぎないことを意識して皆様を案内する。神の元へ急ぐのははしたない行為だ。私は最初に教会へ拾われた時、何度も何度も動きが早すぎると怒られた。
教会に入るまではどんな仕事でも早く動けと叱られたし、街を歩けば私のことを捕まえようと追いかけてくる大人から逃げるために、とにかく駆け足で移動することを意識していた。そんな生活から一転、優雅でゆったりと見える動作を心掛けなさいって言われても、最初はかなり難しかった。私の中では敬語を覚えるよりも難しかったわ。
でも教会に拾われてから数年たち、やっとこの動きも身について来た。教会に拾ってもらえなかったらどうなっていたのか……考えるだけで恐ろしい。
「私も一緒に祈らせていただいても良いでしょうか?」
礼拝堂の奥まで皆様を案内した後に、少しだけ頭を下げてそう聞いた。神に仕える祭司と共に祈ると祈りが届きやすくなると考えられているため、案内役の祭司は礼拝者と一緒に祈ることも仕事のうちだ。こうして一緒に祈っても良いか確認し、断られない限りは共に祈る。
「もちろん構わない。では皆で祈ろう」
ライストナー公爵様のお声がけにより、皆様が祈りの姿勢をとる。私もその隣に並び、共に祈りを捧げた。
――いつも私達を見守ってくださり、ありがとうございます。導きを、癒しを、救いを与えてくださり感謝いたします。これからも私達に手を差し伸べてくださることを、お祈り申し上げます。
ライストナー公爵家の皆様に、祝福を。
心からの祈りを捧げ、顔を上げて姿勢を正した。礼拝者と共に祈る時の祈りの言葉は決まっている。自分の祈りは朝と夕方の礼拝で行うのだ。
周りを見てみると、御子様の中で一番上の男の子がまだ祈り続けていた。敬虔な信徒なのね……このぐらいの歳の子だと、まだ親に言われたから祈っているだけの子も多いのに。私は男の子の真剣な様子に感銘を受けた。神に仕える祭司として、見習わなければいけない姿勢だわ。
それからしばらくして男の子も祈り終わり、ライストナー公爵様から寄付をいただいて、皆様を休憩室へご案内した。そして水をお配りして部屋を退出……しようとしたところで、男の子に呼び止められた。
振り返った先にいた男の子は、少しだけ焦ったように動揺を見せたけれど、すぐにそれを仕舞い込んで大人っぽく僅かに笑みを浮かべる。……まだ十歳ほどにしか見えないのに、随分と大人びた子ね。やっぱり公爵家の御子様は違うのかしら。
「……実は、教会の仕組みというものをあまり理解していなくて、もしよろしければ教えていただけませんか?」
そう口にすると、男の子は心配そうな表情で少しだけ首を傾げた。なんだかこの子……守ってあげたくなる子ね。こんな弟がいたら絶対に可愛がったわ。
私は兄弟がいなくて、唯一の肉親だったお母さんも小さい時に病気で亡くなってしまったから、家族がずっといない。こんな子が弟としていてくれたら、お姉ちゃんとして今の倍は頑張れそう。
私は男の子の緊張を少しでも和らげてあげたくて、安心させるためににっこりと笑みを浮かべながら返事をした。
「私で良ければ」
すると男の子の顔がパァッと花が咲くように明るくなり、嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべる。
「もちろんです。ありがとうございます!」
少しだけうわずった声音でそう言った男の子が微笑ましくて、思わず顔が緩んでしまう。基本的にはしっかりとしているのに、たまに見せる子供らしいところが可愛い……この子は将来モテそうね。
そんなことを考えつつ、男の子を促して二人で休憩室を出た。すると男の子は急にしっかりとした様子に戻ってしまい、丁寧な口調で謝罪をされた。
「突然頼み事をしてしまい申し訳ございません。……あの、あなたのお名前をお聞きしても?」
「私はティナと申します」
「ティナさんですね。私はフィリップと申します」
そう言って微笑んだ男の子の笑顔が、貴族様らしく感情を隠すようなものであるのがなんだか惜しくて、私は思わず不敬と言われても仕方がないことを口にしてしまった。
「私はただの平民ですので敬語でなくても構いません。丁寧な言葉遣いをされると、その、少々気になると言いますか……」
途中から凄く失礼なことを言っているんじゃないかと気づき、しどろもどろになっていると、フィリップ様は気にする様子もなく頷いてくれた。
「そっか。じゃあティナって呼ぶね」
不敬だと言われなくて良かった……ホッとして強張っていた顔を緩める。そして気を引き締め直して案内を再開した。
それからフィリップ様は教会に関わる様々なことを質問して、私に孤児院という場所があることを教えてくださった。そしてその話の最中に私が子供時代の辛さを思い出しその感情を抑え込めないでいると、貴族様としてこの国の未来のために頑張ると励ましてくださった。
……小さな子供が背伸びをしているようで凄く癒されて、心が温かくなったわ。フィリップ様は絶対に将来素晴らしいお方になる。
あのようなお方が公爵家のご嫡男であらせられるならば、この国の未来も良い方向に向かうのかもしれない。そんな少しの希望を感じることが出来た。
そうしてその日はとても素晴らしい時間を一緒に過ごさせていただいて、ライストナー公爵家の皆様は教会から帰られた。
そしてそれから一週間。ふとした時にフィリップ様のことを思い出して癒されて、さらに私も頑張らなければと励まされて、そうして過ごしていたら、またフィリップ様が教会を訪れてくださった。
「フィリップ様、ようこそお越しくださいました」
他の礼拝者に対応する時よりも自分の顔が緩んでいることを自覚しつつ、それをどうしても引き締めることが出来ずにそう挨拶をした。するとフィリップ様は前回よりも随分とリラックスされて、自然体で返事をしてくださった。
まずは礼拝堂へ案内をし、フィリップ様と共に祈りを捧げる。……いつもの祈りの言葉よりも長く、フィリップ様の幸せを神に祈ってしまったのは内緒だ。
祈りを終えて姿勢を正すと、フィリップ様が私のことをじっと見つめていた。
「――フィリップ様、いかがいたしましたか?」
どうしたのかと思ってそう聞いてみると、一瞬動揺したような表情を浮かべ、次に少しだけ恥ずかしそうに口を開く。
「……すみません。ティナがあまりにも綺麗だったから」
私はその言葉を聞いて驚き、思わず胸が高鳴るのを感じた。しかしすぐに思い直す。多分ライストナー公爵様のお言葉を真似されてるのだろうと。少し背伸びをしたい年頃なんだわ。そう思うとさっきの言葉が途端に微笑ましくなった。
それからはフィリップ様ともう少し話をしていたいと思い、中庭までの散歩にお誘いした。するとフィリップ様は嬉しそうな無邪気な笑顔を浮かべてくれて……私の心はさらに温かくなる。
私が異動してしまうのがさみしいと言ってくださった時は、思わず嬉しくて顔が綻んでしまったほどだ。
私は教会の一助祭でフィリップ様はライストナー公爵家のご嫡男様。これ以上仲良くなることはできないだろうけど……こうしてたまにはお話しできたら嬉しい。そんな願いを胸に抱いてしまった。
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