第16話 宰相と王太子
俺のその言葉に部屋がしんっと静かになり皆の注目を集めたところで、目立つように大きく魔法陣を宙に描いた。今回の魔法陣は空中に大小いくつかの氷球を出現させるというものだ。
俺が魔法陣を描き始めた段階から、全員が呆然として宙に描かれていく魔法陣を見つめている。
「では発動します。氷が出現するのでご注意ください」
そう忠告をして、魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。やっぱり氷を作るには魔力が結構必要だ……水の倍ぐらいかな。
「な、なんだこれは……」
宙に浮かぶ大小さまざまな氷球は、建物の中で見ると綺麗というよりも異質だった。これが外だと陽の光を反射して綺麗なんだけどね。
「三十秒間だけ宙に浮かんでいます。その後は自然に落下するようになっているので、気を付けてください」
それから三十秒は誰も言葉を発さずに時間が過ぎ、ゴトンッという氷球が床に落ちる音でやっと我に返った文官の皆さんは、一斉に話を始めた。
「なんだ今の。神の御業か?」
「ティータビア様からの知識だって言ってただろ。正真正銘神の御業だよ!」
「そうか……俺は今尊き神のお力を拝見していたのか」
「それにしてもなんでこんなことが起こるんだ? どういう原理なんだ?」
「この氷球、食料保存に使っても良いかな?」
皆がそんなふうに思い思いの言葉を口にしている。最後の人、合理的で良いね。
「皆の者、フィリップがティータビア様から知識を賜ったということは理解できたか?」
「は、はい。もちろんです」
陛下のその問いかけに今度は全員が大きく頷く。
「これからフィリップはこれらの知識を広め、国を豊かにするために尽力してくれる。皆もフィリップを助けるように」
「かしこまりました」
「では今日は解散だ。各自仕事に戻ってくれ」
そうして俺の宰相補佐就任の挨拶は、概ね成功という形で幕を閉じた。魔法はなんでも良いから一つ披露してと言われて氷球を選んだんだけど、陛下と父上の息を呑む音がかすかに聞こえたから、ちょっとやりすぎたかもしれない。
でもまあ、魔法陣魔法の凄さを分かってもらえたから良いよね。
「フィリップお疲れ。さっきのは凄いな」
父上が早速俺の元に来て声をかけてくれる。陛下は氷球に興味津々でまずはそちらに行っているようだ。
「上手くできたでしょうか?」
「完璧だったよ。さすが私の息子だ」
父上が笑顔でそう言ってくれたので、俺も嬉しくなり笑顔を返す。
「それならば良かったです」
「フィリップ、この氷は寒い日の夜に水を張るとできる氷と同じなのか?」
陛下が一つの氷球を手に持ちそう聞いてきた。手が冷たくないのかな……陛下って案外行動力があるよね。
「ほとんど同じものです。しかしこちらの氷の方が一般的なものよりも純度が高く硬いものとなっています。そうした方が溶けにくく攻撃にも強いので、魔法陣魔法で氷を作る時はそうするのが一般的です」
「そうなのか。魔法陣魔法の可能性は計り知れないな」
陛下と俺がそんな話をしていると、まだ部屋の中に残っていた一人の男性が俺の元にやって来た。そしてにこやかに話しかけてくれる。
「フィリップ君、初めまして。私が宰相のダスティン・クライナートだよ」
この人が宰相なのか! 予想より若かった。父上よりも若そうだ。
「宰相様、お初にお目にかかります。ライストナー公爵家が嫡男、フィリップ・ライストナーと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「構わないよ。陛下が紹介してなかったのが悪いのだから」
宰相様はそう言って顔に苦笑を浮かべた。そんなことが言えるってことは、結構仲が良いんだな。
「これから紹介しようと思っていたのだ。フィリップ、この男が宰相をしているダスティンだ。この容姿だが私より年上で、息子も宰相補佐として働いている」
「え!?」
俺はあまりにも驚いて思わず叫んでから、ばっと手で口を塞いだ。絶対失礼だった……やっちゃったよ。
「申し訳ございません。その、とても陛下よりお年を召しているようには思えず……」
「はははっ、そんなに気にしなくても構わないよ。ひょろっとして若く見えて威厳がないと、いつも言われていることだからね」
「いえ、そういうことではなく、とても若々しく見えると言いますか……」
実際威厳がないというよりは、とにかく若々しいのだ。二十代前半でも通ると思う。陛下は十五歳の子供がいるのだから若くても三十代中頃だろう。ということはこの人は四十近いのか……見えない。全然見えない。
「ありがとう。妻からはもっと歳を取ってくれないと困ると言われてるんだけど、なぜか変わらなくてね。この童顔のせいなのだろうけど」
確かに奥さんからしたら嫌だよね……自分が年相応に老けていく隣で旦那さんがずっと若々しかったら。宰相様の奥さん、頑張ってください。
そのうち前世で流行ってた美容液を流行らせようかな。俺はあまり使ってなかったけど、妹に話を聞かされてたから作り方は覚えている。
「話が逸れたけれどもフィリップ君、先ほどの魔法陣魔法は素晴らしかった。ティータビア様から賜った力をこの国のために使ってほしい。これから一緒に国を良くしていこう。よろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いいたします」
宰相様が手を出してくれたので俺はしっかりと握り返し、お互いに視線を合わせて頷き合った。宰相様とも上手くやっていけそうで良かった。
「では私達も移動しよう。執務室に行くぞ。仕事が立て込んでいてここに来れなかった者にも、紹介しなければいけないからな」
陛下のその言葉に促され、俺達は執務室へ向かう。執務室は陛下と王太子殿下、宰相様、その補佐、そして数人の文官が共同で使っている部屋らしい。陛下専用の執務室がないってところも驚きだよね……一緒の方が効率的だって言われたら何も言えないんだけど。
執務室に入ると皆が一斉に手を止めてこちらを振り返った。そしてまず立ち上がったのは奥にいた若い男性だ。服装的に多分この人が王太子殿下だろう。一人だけくすんでいない鮮やかな色彩の服を着ているし、少しだけ陛下の面影がある。
王太子殿下以外の文官達は、殆どがさっきの部屋に集まっていた人達みたいだ。数人だけ新顔がある。
「先程会議室に集まれなかった者だけこちらへ来てくれ。新しく宰相補佐となるフィリップの紹介をする」
陛下のその言葉に集まってきたのは、王太子殿下を含めて五人だった。
「今日から宰相補佐として働くフィリップだ。フィリップは十歳だが光の神ティータビア様から知識を授かり、さらに教会でお言葉まで賜っている。その知識をこの国に生かすため、この度は宰相補佐に就任することになった。皆もフィリップを助けてやって欲しい。フィリップ、挨拶を」
「かしこまりました。ライストナー公爵家が嫡男、フィリップ・ライストナーと申します。よろしくお願いいたします」
その後はさっきのように魔法陣魔法を軽く見せて、俺の紹介は終わりとなった。魔法陣魔法を始めて見た五人の中で三人の方は呆然としていたけれど、王太子殿下とその隣にいる俺と同い年ぐらいの男の子は、その有用性を考えているのか、難しい顔をして考え込んでいた。
「フィリップ、私はファビアン・ラスカリナ、この国の王太子だ。魔法陣魔法というものはとても興味深いな。我が国の有望な貴族が光の神ティータビア様から選ばれたこと、とても嬉しく思う」
紹介が終わってまず話しかけてくれたのは、王太子殿下だ。にこやかな笑みを浮かべて明るく声をかけてくれる。
「王太子殿下、ありがとうございます。お会いできて光栄でございます」
「ファビアンと呼んでくれ。私は十五歳だが、歳の差は気にせず仲良くしてくれると嬉しい」
「かしこまりました。ではファビアン様と呼ばせていただきます」
ファビアン様は俺のその返答に嬉しげに顔を緩める。仲良くなれそうで良かった。そう安心していると、ファビアン様の隣にいた男の子が一歩前に出た。同じぐらいの身長で目線が同じだということが凄く嬉しい。大人は全員見下ろされてる感じがして落ち着かないのだ。
「僕はマティアス・クライナートです! クライナート侯爵家の嫡男で宰相補佐をしています。よろしくお願いします」
「マティアス様、よろしくお願いいたします」
やっぱりこの子が宰相様のご子息なのか。誰が見てもそうだろうなって思うほどにそっくりだ。でも宰相様の落ち着いた感じとは違って、この子は明るく元気いっぱいな男の子って感じ。ただここで宰相補佐をやっているのだから、頭は良いのだろうけど。
「光の神ティータビア様から得た知識というのは凄いのですね。魔法陣魔法はとても興味深かったです!」
瞳をキラキラとさせてそう言われると、なんだか照れ臭い。
「マティアスは十二歳でフィリップ君とも歳が近いから、仲良くしてくれると嬉しいよ」
宰相様がそう言って俺達二人に笑顔を向けた。ちょっと年上だけど、今までフィリップには友達らしい友達はいなかったし、仲良くなれたら嬉しいな。
「もちろんです。マティアス様、改めてこれからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします!」
それからは残り三人の文官さん達とも挨拶を交わし、俺は全員と顔合わせを終えた。皆良い人みたいで良かった。早く職場に慣れて、この国のために頑張ろう!
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