第15話 宰相補佐就任

 今日は父上と共に王宮に行く日だ。昨日は何もせずにゆっくりと休んだことで、体調は万全。今日からこの国のために頑張ろうと思う。後は俺の快適な生活のためにも。


 ハインツの人生を思い出してから約一週間。俺は既にこの生活に耐えられなくなってきている。何よりも耐え難いのが食事内容だ。一週間三食、全く同じものを食べていたらさすがに飽きる。もう飽きるを通り越して、食事は生きるための義務になっている。

 食事って義務じゃなくて、楽しむものであるべきだと思うんだよね。この世界でそれが難しいのは分かってるけど、とにかくまずは食事を楽しめるってところを目標にしたい。


 そんなことを考えながら馬車の揺れに耐えていると、王宮に到着した。今日は後宮ではなく中央宮殿に案内されるみたいだ。


「父上、中央宮殿にはどのような設備があるのですか?」

「そうだな。謁見の間や他国の賓客をもてなす客室、パーティーが開けるような大ホールがある。それ以外にも陛下の執務室や会議室、文官達が働く仕事場も多数存在する。後は図書館もあるな。貴重な書物がたくさん保管されているのだ」

「では相当大きな建物なのですね」

「他国に対して我が国の裕福さを示すためにも、大きく造られたらしい。しかし滅多に使わない設備のために維持費がかかるのも馬鹿馬鹿しく、東宮殿と呼ばれていた陛下や文官達の仕事場があった建物が老朽化した際、ほとんど使われない中央宮殿を改装するという話になり、今の現状があるみたいだ」


 そんな経緯があったのか……陛下の執務室がある建物を建て直せないなんて、そんなことがあるんだね。確かに中央宮殿がほとんど使われていなかったからこそなんだろうけど、それにしても余裕がない。



 そんな中央宮殿の歴史に衝撃を受けつつ馬車の揺れに耐えていると、馬車は少しずつ減速して止まった。そして馬車から降りると……目の前には少々立派な建物があった。

 えっと、これが中央宮殿で……合ってるよね?


 そう悩むほどに微妙な大きさの建物だ。かなり立派で大きな建物だって聞いてたから、前世の王宮ぐらいの大きさを想像した俺が悪いのかもしれないけど。


「どうだフィリップ、凄いだろう?」


 父上はこの中央宮殿が自慢なのか、誇らしげな顔でそう言った。俺はそんな問いかけに内心で狼狽えつつ、何とか興奮したようなキラキラした瞳を作れるように努力する。

 さすがにここでもっと立派な建物の知識を得ましたとか、そんな無粋なことを言うほど空気が読めなくはないのだ。


「ち、父上、凄く大きいですね」


 実際嘘はついていない。フィリップとしてこの世界で見てきた建物の中ではダントツで大きい。この前行った貴族街の教会より二回りほど大きいだろう。

 問題はひとえに、俺が前世の王宮をイメージしていたことだけなのだ。


「そうだろう? だからこそ経費が嵩むのだがな」


 今度は顔に苦笑を浮かべつつそう言った。中央宮殿のような立派な建物は誇らしくもあるけど、現実的な問題を考えると歓迎できるものではないのだろう。世知辛いね……


「ここで建物を眺めていても仕方がないから中へ行こう」


 父上のその言葉に促され、俺達は案内に来てくれた男性の後をついて中央宮殿の中に入り、まずは小さな応接室に案内された。応接室の中に入ると陛下がソファーに座って俺達を待っていて、他にいるのは後宮でも側にいた従者一人だけだ。


「よく来たな。まずは座ってくれ」


 部屋に入るとすぐにソファーを勧められたので、挨拶もそこそこに腰を下ろす。


「今日からフィリップには宰相補佐として働いてもらうことになるが、何か問題はあるか?」

「いえ、体調は万全ですし問題ありません。あっ、ですが一つだけご報告が。先日教会に行きティータビア様へ祈りを捧げたところ、ティータビア様のお声を聞くことができました」

「なっ、それは本当か!?」


 俺が思ってる以上に二人は驚いたようで、陛下はソファーから立ち上がって叫んだ。隣に座る父上も、ガタッと机に足をぶつけながら勢いよく立ち上がる。


 確かにティータビア様のお声を聞けるなんてあり得ないことだ……改めて考えると、俺にもじわじわと驚きの気持ちが湧き上がってくる。

 フィリップとして生まれ変わるという人生最大の驚きを体験したからか、最近は余程のことがない限り驚けなくなっているのだ。この世界に来て驚きの連続だってことも関係しているのかもしれない。


「あれは確実にティータビア様のお声だったかと。どうかこの世界を救ってほしいと、そう頼まれました」

「……そうか」

「したがってより一層力を入れて、私が得た知識を活用していきたいと思っております」


 俺のその宣言に陛下と父上は席に戻り、感動の面持ちでティータビア様のお言葉を噛み締めるような仕草を見せた。


「フィリップ、どうかこの国を救ってほしい。私からもよろしく頼む」

「親としては無理しないでほしいのだが、最大限力を貸してほしい。もちろん私もできる限りの助力はする」

「もちろんです。宰相補佐として今日から精一杯頑張ります」


 今日からは忙しくなりそうだな。でもこれからこの国がどんどん良くなっていくことを考えたら、わくわくと期待感で胸がいっぱいになる。もうこれ以上ないってほどにどん底なのだから、これからは上がっていくしかないだろう。数年後にどうなっているのか楽しみだな。



 それからいくつかの事柄を軽く確認して、俺達は皆で会議室に移動することになった。俺が職務上関わりが多いだろう人を一箇所に集めてくれているらしいのだ。そこで宰相補佐就任の挨拶をするんだけど……ちょっと緊張する。


「フィリップ、緊張せずとも大丈夫だ。いつも通りにやりなさい」

「はい、父上」


 父上は本来この場所にいなくても良いんだけど、俺がまだ子供だってことを考えて初日だけはと一緒に来てくれているのだ。父上がいてくれて本当に良かった。それだけで安心できる。


 俺はチラッと後ろを振り返って、一緒に付いて来てくれている従者のニルスと護衛のフレディと視線を合わせた。二人が俺を安心させるように頷いてくれたのを見て、また少し緊張がほぐれる。

 そうして少しでも緊張を解こうと努力しているうちに、会議室に辿り着いたようだ。促されて中に入ると……そこには数十人ほどの文官がいた。


「皆、忙しいところ集まってもらってすまない。今日は宰相補佐に就任する者がいるので、その紹介のために集まってもらった。フィリップこちらへ」


 陛下に呼ばれて皆の前に行くと、なんで子供がこんなところにいるのかという微妙な視線を向けられる。


「ではまず挨拶を」

「かしこまりました。フィリップ・ライストナーと申します。この度宰相補佐の任を承りました。まだ若輩者ですので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


 俺のその挨拶にまばらな拍手が返ってくる。まだ皆混乱しているのだろう。


「フィリップはまだ十歳、なぜこの年で宰相補佐に就任するのかと疑問に思う者が多いだろうが、それはフィリップが特別だからだ。フィリップはつい先日、光の神ティータビア様から様々な知識を授かり、教会でお言葉まで賜った。その知識を国のために生かしてもらうため、この歳での宰相補佐就任となっている」


 陛下のその説明に、会議室の中は一気に騒然となる。それはそうだよね……ティータビア様からお言葉を賜るなんて、ハインツの時にも聞いたことがない話だ。


「あの……それは本当なのでしょうか? いや、陛下のお言葉を疑うわけではないのですが、あまりにも非現実的な話でして」


 一番前に座っていた四十代ぐらいの男性が恐る恐るそう聞いた。


「確かに信じられないのも無理はない。そこでフィリップが得た知識の中でも有用な、魔法陣魔法というものを今この場で見せてもらう。フィリップ良いか?」

「もちろんです。では私が魔法陣魔法という、魔力を現象に変換させる技術をお見せします」

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