第14話 教会について

「皆、祈り終わったか?」


 俺が一番最後まで祈っていたようで、立ち上がると父上にそう声をかけられた。さっきの声は俺以外には聞こえてなかったみたいだ。


 ……とりあえずあの声のことは、俺の心の中にだけ仕舞っておこう。今この場で話したら騒ぎになるだろうし。今度周りに人がいない時に、陛下と父上に話そう。


「はい。祈り終わりました」

「ぼくもちゃんと、やった!」

「わたしも祈りました」


 ローベルトとマルガレーテの可愛い声に、肩の力が抜けるの感じた。知らず知らずのうちに力が入ってたみたい。


「では皆様、休憩室で休んで行かれますか?」

「そうだな……少し休んでも良いだろうか」

「かしこまりました。準備はしてありますのでこちらへ」

 

 教会には祈りに来る貴族達のために、個室で休憩できる場所が準備されている。一定以上の寄付をしている人達だけ使えるというのが暗黙の了解だ。


「その前にこれを受け取ってもらえるか? 神への感謝を込めて」


 父上がそう言って麻袋に入った食材を寄付として渡した。寄付は神への感謝を込めてと言って渡すのが通例だ。女の子は慣れているのかスムーズに受け取って、近くにいた俺と同い年ぐらいの祭司服を着た男の子に手渡した。


「神もお喜びになるでしょう」


 これも寄付を受け取ったときの決まり文句だ。

 それから女の子に案内されて休憩室に入ると、人数分の水を出してもらえた。前の世界では豪華なお茶菓子が出されたけれど、さすがにこの国では無理みたいだ。

 ……まあ当然だよね、公爵家の食事があれなんだから。


「ではごゆっくりとお過ごしください。私は失礼いたします」


 女の子がそう言って部屋から出て行こうとするのを見送ろうとして……俺は思わず咄嗟に呼び止めてしまった。


「あっ、あの、すみません」

「いかがいたしましたか?」


 女の子はしっかりと振り返って、不思議そうに首を傾げてそう聞いてくれる。やばい……ほぼ反射的に引き留めてしまって何も考えてなかった。ただもう少しだけ、話をしてみたいなと思っただけなんだ。


 俺は二十七年間の経験とフィリップとしての十年間の経験を総動員し、何とか平静を装って口を開いた。


「……実は、教会の仕組みというものをあまり理解していなくて、もしよろしければ教えていただけませんか?」


 せっかく教会に来たんだから、教会の役割や作りについて聞いておくことも大切だよね。不自然な要望ではないはずだ……そう自分に言い聞かせてドキドキとうるさい心臓を抑え込んでいると、女の子はにっこりと微笑んでくれた。その笑顔に、より一層心臓がうるさくなったのは内緒だ。


「私で良ければ」

「もちろんです。ありがとうございます!」


 俺は嬉しくて、思わずいつもよりうわずった声でそう答えた。すると女の子は微笑ましげな笑みを浮かべて、俺を休憩室の外に促してくれる。


「では教会内部を案内しながらご説明いたします」

「ありがとうございます。父上、少し行って参ります」

「迷惑をかけないようにな」


 俺は皆に見送られて、女の子に付いて休憩室を後にした。


「突然頼み事をしてしまい申し訳ございません。……あの、あなたのお名前をお聞きしても?」

「私はティナと申します」

「ティナさんですね。私はフィリップと申します」


 俺がそう言って笑いかけると、ティナさんは微妙な表情を浮かべる。


「私はただの平民ですので敬語でなくても構いません。丁寧な言葉遣いをされると、その、少々気になると言いますか……」

「そっか。じゃあティナって呼ぶね」

「はい、よろしくお願いいたします。ではどちらを案内すればよろしいでしょうか?」


 ティナは俺が敬語をやめるとホッとしたように顔の強張りを解いた。確かにあまりにも丁寧すぎる貴族っていうのも胡散臭いよね……そうやって女の人を騙す貴族とか前の世界にいたなぁ。この世界にもいるんだろう。


「僕はこの教会のことをほとんど知らないんだ。まず礼拝堂以外にはどんな設備があるの?」

「そうですね……礼拝堂以外には、私達神に仕えるものが住む居住区がございます。それから一般に解放された中庭もございます」

「そうなんだ。じゃあ中庭に案内してもらえるかな」

「かしこまりました」


 ティナに付いて教会の中を歩きながら建物を観察する。建物の作りは前の世界よりも質素で簡易のものだけど、ちゃんと教会になっている。

 でも前の世界では教会には孤児院が併設されていて、子ども達の笑い声が聞こえてくるものだったんだけど……それは全く聞こえてこない。


「一つ聞いても良いかな?」

「もちろんでございます」

「この教会に孤児院ってないの?」

「こじいん……ですか。それはどのようなものでしょうか?」


 え……孤児院がないのか! 確かにフィリップとしてはこの単語は習ってないかも。孤児院がないってことは、孤児達を助ける余裕なんてないってことだよね。


「親のいない子供達を集めて、大人になるまで育てる場所のことかな」


 俺のその返答にティナは途端に悲しげな表情を浮かべる。


「そのように素敵な施設があるのですね……」

「前に本で、読んだことがあるんだ。他の国にはあるのかもしれない」

「そうですか……そのような施設があれば苦しむ子供達が皆救えますね」

「あの、悲しいことを思い出させちゃったかな? ごめん、無神経な話をしたかも」


 ティナがあまりにも悲しげな表情をしていたのでそう告げると、無理に作ったような強張った笑みを浮かべる。


「気になさらないでください。私も親を亡くした子供でして、長い間苦しんだ末に教会に拾っていただきましたので昔を思い出してしまって……」

「……そっか。本当にごめん」

「いえ、そのような夢の場所があるということを知ることができて良かったです。いつかこの国にも作られたら良いなと……そう思います」


 孤児院か……すぐには無理だろうけど早い段階で作れるように頑張ろう。この国は病気、飢饉、魔物など様々な原因で人が簡単に亡くなってしまうのだから、子供を守ることは国の未来を守ることと同義だよね。


「僕が頑張るよ。貴族として少しでもこの国を良くしたいと思っているんだ」

「ふふっ、よろしくお願いいたします」


 ティナは俺の決意を子供が背伸びしてそう言ったように感じたのか、微笑ましげな笑みを浮かべた。ふわっと周りの空気が明るくなるような、凄く素敵な笑顔だ。



 そんな話をしていたら中庭に辿り着いた。中庭には花が咲き乱れて美しい噴水が……ということは全くなく、予想通りにびっしりと畑が広がっている。そしてそこでは数人の祭司達が畑仕事をしていた。


「こちらで取れた作物を、教会に住む者でいただいております」

「とても素晴らしい畑だね。……食事はここで採れたもので全て賄えるの?」

「いえ、足りないものは寄付していただいた作物を神から下げ渡していただきます。それでも足りなければ、寄付金の一部を使わせていただきます」

「そうなんだ。寄付金って足りてるのかな」

「貴族様方のお陰でなんとか日々を暮らして行けます」


 その言い方だと本当にぎりぎりって感じだよね。まあこの国の現状だと仕方がないのか……


「教会で働いてる人ってどんな人なの?」

「神に一生を捧げたいと思う者たちです。教会に入り神に仕えることを決めたならば、還俗しない限り家庭を持つことはできません。それでも神に仕えたいという者が集まります」


 え、その決まりが残ってるのか。前の世界では数十年前に無効とされた決まり事だったはず。


「家庭を持てないんだね」

「はい。私達は神に一生を捧げましたので、他の人に心を向けるわけにはいきません」


 その話をしているティナの表情は、どこか安堵したような嬉しそうな様子だ。ティナの容姿ならいくらでも男の人が寄ってきそうだし、逆にそれが煩わしいのかもしれないな。無理矢理って人もいるだろうし……


「教会に入れて良かったと思ってる?」

「私は教会に入れていただかなければ明日を生きていけませんでしたので、本当に感謝しています。さらに煩わしい様々なことを遮断できて、とても穏やかな日々を過ごせています。神にはその感謝も込めて、毎日心からの祈りを捧げております」

「……そっか。じゃあ僕ももっと頻繁に祈りに来るよ。大勢で祈った方が神に届きそうだから」


 実際に俺が今フィリップとしてここにいるのはティータビア様のおかげなんだから、教会には足を運ぶべきだよね。しっかりとどんなことをしているのか報告をしよう。

 ティナともっと話してみたいという気持ちが……ないとは言わないけど。


 それからティナに居住区に向かう渡り廊下と居住区への入り口を案内してもらい、俺は休憩室に戻った。居住区は教会関係者しか入れないそうだ。


「今日はありがとう」


 休憩室で皆と合流し、今はティナに教会の入り口まで見送りをしてもらっている。ティナは艶やかな黒髪を耳にかけ、穏やかな表情で送り出してくれた。


「またいつでもお越しくださいませ」


 そうして俺達は馬車に乗って屋敷に戻った。教会に行って良かったな。これからはこの世界を良くするために頑張ろう。

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