第13話 祈り

 昨日は陛下と話し合いをして、家に帰ると予想以上に疲れていたのかすぐに眠ってしまった。そして自分でも驚くほどにぐっすりと寝続け、目が覚めたら次の日の朝だった。やっぱり子供の体ってよく眠れるし疲れやすいみたいだ。


「ニルス、フレディ、大切な話があるんだけど聞いてくれる?」


 俺は朝食を終えて自室に戻ると、ソファーに座って一息吐く間もなく従者と護衛を側に呼んだ。

 この国の貴族は王宮で働く際、従者と護衛を一人ずつ共として連れて行けることになっている。なので俺は筆頭従者であるニルスと、護衛隊長であるフレディを連れて行くことに決めたのだ。


 二人には事前に俺が得た知識について、話をしておこうと思っている。父上が屋敷の使用人には広く知らせるって言ってたけど、どうせなら自分の口から話したいし。


「いかがいたしましたか?」

「お呼びでしょうか」

「うん。まずは二人とも座ってくれる? 長い話になるからずっと見上げてるのも疲れるし」

「かしこまりました」


 ニルスとフレディが向かいのソファーに腰を下ろしたところで、俺は徐に口を開いた。高熱でうなされて何故か不思議な知識を得たことからその内容、さらにこれから俺がどんな立場になるのかを。

 最後まで真剣に聞いてくれた二人は、聞き終わると深く頭を下げて尊敬の意を示した。


「フィリップ様、宰相補佐就任、誠におめでとうございます」

「またティーダビア様から選ばれたこと、とても素晴らしいことでございます」

「二人ともありがとう。それで二日後からは仕事で王宮に通うことになるんだけど、従者と護衛を一人ずつ連れて行けるんだ。僕としては二人に付いて来て欲しいんだけど、どうかな?」


 俺のその提案に二人は嬉しそうに顔を緩めた。……嫌だって顔をされなくて良かった。


「もちろんお供させていただきます」

「私もでございます。フィリップ様の安全は必ずお守りいたします」

「二人とも本当にありがとう。これからもよろしくね」


 そうして三人で笑い合って、和やかに話し合いは終わりになった。そしてお茶を飲みながら今日は何をするのかについて考える。二日後から仕事ってことで家庭教師はお休みになったから、今日と明日はとにかく暇なのだ。


 屋敷の探検はやったし、何もやるべきことが思いつかない。魔法陣魔法についての情報をまとめておく? それとも弟妹のところに遊びに行こうかな。でも今の時間だと勉強中だよね……


 

 ――あっ、そういえば教会に行こうと思ってたんだ。時間を持て余してるしちょうど良いかも。フィリップとして生まれ変わったことの意味はまだよく分からないけど、とりあえずティータビア様にご挨拶だけでもした方が良いと思うんだ。


「ニルス、教会に行きたいんだけど今からでも行ける?」

「そうですね……先触れを出して午後にならば行けるかと思います」

「じゃあ先触れをお願い。寄付も用意しておいてね」

「かしこまりました」


 この国の教会は誰もが自由に出入りできるもので、寄付をしてもしなくてもどちらでも構わない。しかし貴族が寄付をしないと外聞が悪いので、お金ではなく少しの食料などを寄付するのが一般的だ。そして年に一度は金銭の寄付もした方が良いという暗黙の了解があるらしい。



 午後までは神聖語についての情報をまとめつつ時間を過ごし、お昼ご飯を食べて休憩してから屋敷を出た。本当は俺一人で行く予定だったんだけど、何故か家族皆で行くことになり今は全員で馬車に乗っている。


「父上と母上はお仕事大丈夫なのですか?」


 父上は王位継承を巡って貴族達が対立したことから王宮では働いていなく、統治を任された広大な領地に関する仕事を日々こなしている。この国では高位貴族が広い領地を治め、それぞれの街の管理を代官として下位貴族に任せるというものだから、管理を任せている下位貴族との連絡も密に取らなければいけないし大変みたいだ。


 王宮で役職を持っている貴族家当主は、先代や息子達と協力しながらやっているらしい。この国は貴族と言っても優雅な生活からはほど遠く、国をなんとか維持するために奔走する毎日のようだ。


 そして父上はそんな仕事をしているので屋敷を留守にすることも多く、母上がこの屋敷の管理は一手に担っている。なので母上もいつでも忙しそうだ。この食料が乏しい世界で、多くの人を雇うのって想像以上に大変だよね。


「教会はそこまで遠くないし、短い時間ならば大丈夫だ。たまには休息も必要だからな」

「私もよ。優秀な使用人を育てていますから、少し私がいないぐらい問題は起きないわ」

「それならば良かったです。マルガレーテとローベルトは勉強は進んでる?」


 二人は久しぶりに乗った馬車にかなりはしゃいだ様子で、さっきから楽しそうに声を上げている。


「がんばっています!」

「ぼくも!」


 マルガレーテが手をビシッと上げてそう宣言したのを見て、ローベルトも真似をした。しかしそれによって手すりから手を離してしまい、椅子から転がり落ちそうになる。


「ローベルト! 危ないじゃないか」


 しかし落ちそうなところを間一髪、父上が抱きとめた。父上はそのままローベルトを膝に抱いて椅子に座り直す。

 父上と母上はここまで揺れる馬車の中でも、手すりに捕まらずに上手く座っているのだ。やっぱり体格の問題もあるのかな……早く大きくなりたい。

 でも最初よりは慣れてきて、俺も手すりで体を固定していれば話ぐらいはできるようになった。


「ちちうえ、もーいっかい!」


 ローベルトは落ちそうになって抱き上げられたのが楽しかったのか、きゃっきゃと嬉しそうだ。やっぱりローベルト可愛いな。マルガレーテももちろん可愛い。


「ローベルト、危ないからダメだ。馬車の中では手すりに捕まってじっとしてるんだぞ」


 父上の忠告はローベルトの頭には入ってなさそうだな。また今度言い聞かせておこう。ローベルトが怪我をしたら嫌だからね。


 そうして皆で馬車に揺られること数十分、俺達は貴族街にある教会に辿り着いた。馬車から降りると大きな建物が目に入る。この国にしては綺麗で大きな建物だ。


「ライストナー公爵家の皆様、ようこそお越しくださいました」


 馬車から降りると教会の人が迎えに来てくれていた。十代後半ぐらいに見える……凄く綺麗な女の子だ。貴族には整った顔の人が多いから、前の世界でもこの世界でも美男美女は見慣れていると思ってたけど……この子は別格だ。


「出迎え感謝する。では早速礼拝堂へ案内してくれるか?」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 女の子の案内に従って教会の敷地内に入り、渡り廊下のような場所を進んでいく。そしてしばらく歩くと大きな扉が開け放たれた礼拝堂が見えてきた。

 礼拝堂の中は、俺が前の世界で何度も見た教会の様子そのままだった。祈りに来た人が休憩できるように長椅子がいくつか置かれた先には一段高くなっている場所があり、そこにティータビア様を始めとした五柱の神達が鎮座している。


 真ん中におられるのが主神である、光の神ティータビア様。その右隣が闇の神ノルネア様。左隣が緑の神エアテレシア様。そして右端にいるのが炎の神アンスゼロス様。左端にいるのが水の神マールネンア様だ。どのお方も俺の、ハインツの記憶にあるままのお姿だ。

 前の世界でもうっすらと光り輝く石像で作られていたけれど、そこまで全く同じ。やはりここは同じ世界で間違いないだろう。後はここが未来なのか過去なのか……


「私もご一緒に祈らせていただいても良いでしょうか?」


 俺が神達の姿に目を奪われていると、案内してくれた女の子が父上にそう問いかけた。


「もちろん構わない。では皆で祈ろう」


 父上のその言葉を聞き、皆で一斉に祈りの姿勢を作る。この国では右手を握って左胸に当て、少し頭を下げるのが基本的な礼儀で、手を開いて胸に当てるのは神に対してだけだ。


「ローベルト上手よ。その体勢で目を閉じて祈るのよ」

「うん!」


 母上とローベルトのそんな会話を聞きながら、俺も目を閉じてティータビア様に祈った。


 ――ティータビア様。いつも私達を見守ってくださりありがとうございます。導きを、癒しを、救いを与えてくださり感謝いたします。これからも私達に手を差し伸べてくださることを、お祈り申し上げます。


 私はハインツとしての前世の記憶を持ったまま、フィリップとして生まれ変わりました。私がフィリップとしてもう一度この地に生を受けたこと、ティータビア様からのお導きでしょうか。私はこれからこの国をもっと住みやすい場所にしていけるよう、力を尽くす所存です。見守ってくだされば幸いです。



 そうしてティータビア様に祈りを捧げ、瞳を開こうとしたその瞬間。頭の中に突然優しくて温かい、しかしどこか懇願するような声が聞こえてきた。



 ――どうかこの世界を、私の愛しい子達を救って。もうあなただけが頼りなの。ノルネアが――



 そこまでで声は途切れてしまったようだ。今のって、ティータビア様のお声……? やっぱり俺は、ティータビア様のお力でフィリップとして生まれ変わったんだ。この世界を救ってって言われたな。



 ――ティータビア様、全力を尽くします。



 俺は再度そう祈りを捧げてから、瞳を開けて立ち上がった。今まではこの国があまりにも酷い状況で、フィリップとして暮らしていくのが大変だから改革をしようと思っていた。

 でもティータビア様に託されたんだ。今まで以上に真剣に、俺の全力で仕事をしなければいけないな。

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