第11話 私的な謁見 中編
俺のその説明に、陛下は納得したように頷いた。
「確かにそうだな。私もアルベルトの話を聞いた限りでは、ティータビア様のお力としか思えなかった。しかしティータビア様のお力で知識を得たということは理解できるのだが、その内容は到底話に聞いただけでは理解できなかった。なので今日は実際に見せてもらいたい」
内容って魔法陣魔法だよね。……話に聞いただけではさすがに信じられないだろう。この世界には全くなかった概念なのだから。
「かしこまりました。もちろんお見せいたします。魔法陣魔法にはさまざまな種類があるのですが、どのようなものが良いでしょうか?」
魔法陣は神聖語をしっかりと学んでそれを上手く組み合わせれば、かなりの種類の魔法が使えるようになる。作られた魔法陣を覚えるだけじゃなくて、独自の魔法も作れるのだ。
必死に勉強して色々と組み合わせたのが懐かしいな……魔法陣の装飾まで間違わずに描かないといけなくて、あの頃は何度も魔法陣の絵だけを描いて練習した。
「アルベルトに見せたというものをまず見せてくれるか?」
「かしこまりました。ではコップを一つ借りても良いでしょうか?」
「もちろんだ」
陛下がそう答えると同時に、部屋の隅に控えていた一人の使用人がコップを持ってきてくれた。今この部屋に残されてるってことは信用できる人なんだろう。
「こちらをお使いください」
「ありがとうございます。ではゆっくりと描くので見ていて下さい」
俺は皆に見やすいように大きめに魔法陣を描き始めた。指先に魔力を集めてまずは魔法陣の一番外側から。完璧な円を二重で描いて、その間に決められた装飾文字を書き込んでいく。この文字は全ての魔法陣に共通のものだ。神聖語を読めないほど崩して芸術性を高めた文字と言われている。
そしてその内側にはいくつもの決められた順序で五芒星を描き、またその中や外に装飾を描いていく。この装飾も間違えると発動しないから難しい。そして装飾を描き切ったら後は神聖語だ。今回は水に変換させるので真ん中には水を示す神聖語を書き、その周りには効果範囲や水の温度、量、出現場所などを事細かに書き込んでいく。
この神聖語の書き方で、魔力の効率だったり発現する現象の程度だったりがかなり変わるのだ。ただこの水を出す魔法陣は一般に広く知られたもので、基本的には水が出現する場所と量を変えるだけなので失敗することはまずない。
俺は何千回も何万回も描いた魔法陣を殊更丁寧に描き切り、最後に魔法陣に魔力を入れた。この時に必要な魔力の量は、魔法陣の種類によって変化する。水を出現させる程度なら微々たるものだ。
「できました」
宙に描いていた魔法陣をじっと凝視していた陛下は、コップの中に水が満たされたことを確認して、ふぅと息を吐いた。
「本当にこんなことができるとは……、他にはどんなことができるんだ?」
「火や風、土、などは水と同じく簡単に使えます。少し難易度が上がると雷や氷などを作り出せます。そしてもっとも難しいのが、治癒と空間の魔法です」
「治癒と空間とは、具体的にはどのようなことができるのだ?」
「治癒はその名の通り怪我や病気を治せるものです。しかしかなり魔力を消費しますので、上級のものまで発動できる人は多くないと思います。あっ、治癒には下級、中級、上級と三つの種類があり、上級は相当の魔力の持ち主でなければ発動できません。さらに魔法陣もとにかく複雑です」
俺は上級の治癒魔法まで使えたんだけど、あの魔法陣を覚えるのは本当に大変だった。それに一度発動すると魔力がほぼ空になって一日寝込むことになるし。
今のフィリップではまだ発動できないだろうな。でももう少し成長したらできるようになる気がしている。フィリップはそれほどに魔力量が多いのだ。生まれ変わったのがフィリップで良かった。
「怪我や病気が治るとは……俄には信じられん」
「……試しに発動するのは構わないのですが、怪我をしている者がいなければ分かりづらいかと」
俺のその言葉に陛下は手を挙げて使用人を呼んだ。そして一言二言会話をして、俺の方に顔を向ける。
「フィリップ、私の従者が指に軽い怪我をしているんだが治せるか?」
陛下のその言葉に従って従者の指を見てみると、布を外された指には確かに鋭利なもので切ってしまったような跡があった。この程度ならすぐに治せるな。
「もちろんです。では治癒をさせていただきますね。この程度の怪我の場合は下級治癒魔法で十分です」
もう魔法陣を見せる必要はないかと思い、いつものように素早く魔法陣を描いて怪我を治した。うん、完璧だ。跡も残らない程綺麗に治っている。
治癒も魔法陣の組み立て方によってその効果が変わるので、治癒師の腕によって治癒の効果が左右されるのだ。魔紙に描いた一番基本の魔法陣ではやはり治りが悪く、ハインツの時は魔紙の治癒で最低限回復させてから、もう一度自分で魔法陣を描くのが常だった。
よって治癒に関しては魔道具とすることもできずに、基本的には治癒師が治癒をしていた。治癒魔法を魔道具とする研究は皆が必死にやってたけど、結局誰も成功した人はいなかったな。
「完全に治っています……痛みも傷跡さえもございません」
呆然とそう呟いた従者の指を陛下もまじまじと見つめ、理解できないような表情で深く息を吐いた。
今までの常識が覆されてるんだから混乱するよね……でもこれからたくさん広めたいので頑張って理解して下さい。
「それで、もう一つの空間というのは?」
陛下はとりあえず、治癒に関しては考えることを放棄したらしい。
「そのままの意味で、空間に関与する魔法です。一番便利なのは空間付与の魔法陣でしょう。しかしこれは魔法陣だけで使えるものではなく、魔道具としなければいけないのでここでお見せすることはできません。それからとても難易度が高いですが、使えると便利なのは転移の魔法陣です。これは一瞬で別の場所に移動できるものなのですが、やはりこちらも今お見せするのは難しいかと。魔道具や魔紙としての形で、対になるものの間でしか転移できないのです」
自分で説明しつつ多分伝わらないだろうなと思っていたら、案の定理解できないという顔をされてしまった。
「その、まずは魔道具と魔紙? というものについて聞きたい。それはどういうものなのだ?」
「そうですね……ではまず魔法陣魔法の発動方法についてお話しします。魔法陣魔法を発動させる方法は全部で三つあります。一つ目は先ほどお見せしたように、自分の魔力で宙に魔法陣を描く方法。そして二つ目が魔紙を使った方法です。魔紙に描かれた魔法陣に魔力を込めるだけで発動します。これは何度でも繰り返して使えますが、効果範囲など細かい調節はできません。さらに魔紙はその作り方の性質から、魔法陣を描いた本人しか使えません」
魔紙を他の人でも発動できないのかって長年研究されて、最終的に出来上がったのが魔道具なのだ。
「そして三つ目は魔道具を使う方法です。こちらも魔紙と同じように繰り返し使えるのですが、さらに誰でも発動可能という特徴があります。しかし魔紙と同じように効果範囲など細かい調節はできません。よって先程の治癒のように細かい調整が必要な魔法は、基本的に魔紙や魔道具ではなく直接魔法陣を描くことが多いです」
色々と便利なものは作られたけど、結局は自分で魔法陣を描くという技術が廃れることはなかった。やっぱりなんだかんだそれが一番便利なのだ。
しかし道具の機構ありきで魔道具が成立しているというものもあるから、魔法陣を自分で描けるだけで全てを網羅できるわけではない。
例えば魔道自動車はあの複雑な仕組みで作られた物に、魔法陣が組み込まれて初めて力を発揮するし、時計なんかもそうだった。そこがまた魔法陣や魔道具の奥深くて面白いところなんだけどね。
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