第8話 兄弟の会話 前編(アルベルト視点)

 フィリップがティータビア様から得た知識を聞いた時、思わず頭が混乱してフィリップの言葉が理解できないほどに衝撃を受けた。まさかローナネス病の対処法が分かるとは……さらにあの魔法陣魔法だ。あの知識でこの国は大きく変わるだろう。

 フィリップはティータビア様からのお力だと断定はできないと言っていたが、他にそんなことをできる存在などいない。フィリップは光の神であるティータビア様を信仰していたのだから、他の神である可能性も低いだろう。


 魔物の脅威が年々増して、我々は何重にも作り上げた城壁の中でしか安全に暮らすことはできなくなって久しい。街の間を移動するときには、たくさんの護衛を連れなければ自殺をするようなものだ。

 さらにそんな状態の上に食糧不足も深刻だ。城壁の外は魔物の脅威が深刻なために畑を広げることができず、さらに無理に城壁の外へ畑を作ったとしても、育った作物は魔物に荒らされてしまう。城壁の中にある畑も土が良くないのか、育つ作物が少しずつ減ってきている。森の中から土を運ぼうにも魔物が邪魔をする。さらに水不足も深刻なため、土よりもまずは水を運ばなければならず、土を運ぶところまで人手が追いついていないのが現状だ。


 病死する者や餓死する者、魔物にやられて死んでしまう者、毎年多くの民が命を落としている。赤子はたくさん生まれているのだろうが、その半数以上は大人になるまで育つことはできない。この国はいずれ衰退していくのではないか、そんな未来が必然のように思えていたのだが、まさかティータビア様が我々に救いの手を差し伸べてくださるとは……


 しかもティータビア様に選ばれたのが私の息子であるフィリップ、これは何かの思し召しだろう。私の人生はこの国を良い方向に向けるために、全力を尽くそう。そのためにもまずは兄上に話をしなくては。



 私はライストナー公爵家に二頭だけいる馬が引いた馬車に乗り、王宮へ向かった。この国で馬は唯一の移動手段でとても大切なものとされ、基本的には王家が管理している。しかし私は臣籍に下るときに陛下から二頭の馬を賜ったのだ。

 馬を所有している貴族家は数えられるほどしかいない。兄上が信頼して預けてくれた二頭の馬だ。私もその信頼に応えるべく、フィリップの話を包み隠さず全て話そう。兄上ならば悪いようにはしないはずだ。


 王宮は王都の真ん中に位置し、王宮の周りは高い塀で囲まれている。私はその塀にある四つの門のうち、貴族街に繋がる門の前に馬車で辿り着く。そして門番に貴族家の当主だけが持つ紋章を見せた。


「私はライストナー公爵家の当主、アルベルト・ライストナーである。至急陛下に御目通り願いたい」

「お約束はございますか?」

「約束はしていない。火急の要件であるゆえ、不作法であることは承知の上で参ったのだ。陛下に話を通してもらえないか」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 一人の門番が裏に下がっていった。ここから兄上に話が通るまでに数十分は掛かるだろうか。まあ気長に待つしかないだろう。


 それから待つこと十分ほど、先程の門番が戻ってきた。予想以上に早かったな。


「ライストナー公爵様、大変お待たせいたしました。中へお入りください」

「ありがとう。急がせてすまなかったな」


 門番によって門が開けられて、馬車ごと中に入る。王宮に来たのも久しぶりだな……

 王宮の敷地内には様々な建物が存在する。まず一番目立つのは、謁見の間やパーティーホールがある中央宮殿と呼ばれる建物だ。この建物だけはこの国の中では豪華な作りになっている。


 他国の賓客を招くことから豪華に作られたらしいが、この国の現状で中央宮殿だけを豪華に飾ることにどこまで意味があるのかは疑問だ。実際に近年は建物だけは豪華だが、その中身は飾り気のない質素な装いになっているらしい。さらに使わない部屋を会議室や執務室に改装しているようで、年々中央宮殿本来の意味は無くなっているようだ。


 そしてその中央宮殿から少し離れたところに後宮があり、ここが王族の私的な住居となっている。後宮は私が今暮らしている公爵家とさほど変わりのない作りだ。

 その他には騎士達が暮らす騎士団詰所や訓練場、王宮の使用人が暮らす使用人棟、文官が暮らす文官棟などがある。それから馬を育てている厩舎と厩務員棟もあるな。



 門番の案内で王宮の中を進んでいくと、中央宮殿ではなく後宮に案内された。正式な謁見ではなく私的な会合として会ってくれるらしい。さすが兄上、私が事前の連絡なしに訪れた意図を分かってくれたようだ。


 懐かしい後宮の中に入り案内された応接室に入ると、すでに兄上が部屋の中に座っていた。


「陛下、お久しぶりでございます。この度は急な訪問に対応していただきありがとう存じます」

「そのような堅苦しい挨拶はいらん。早く座れ。ここは後宮なのだからな」


 兄上は昔のように砕けた態度でそう言った。私はそれが嬉しくて少し顔を緩めながら席に着く。兄上の名はルーウェン・ラスカリナ。このラスカリナ王国を治める立派な国王だ。


「……分かりました。ありがとうございます。兄上はお元気ですか?」

「ああ、皆息災だ。アルベルトはどうなんだ?」

「私の家族も皆元気です。先日フィリップがローナネス病に倒れましたが、無事に完治しました」

「ローナネス病に!? それは、本当に治って良かった。ローナネス病に子供がかかると危ないからな」


 兄上が心からの安堵を顔に浮かべる。兄上は一見厳しそうに見えるけど、実際は情の厚い優しい人なんだ。


「はい。一時はもうダメかと思いましたが、なんとか持ち直してくれました。……そしてここからが本題なのですが、ローナネス病から生還したフィリップが妙な話をしていまして。なんでも、熱にうなされているときにたくさんの知識が頭に入り込んできたのだそうです」


 私のその言葉を聞き、兄上は怪訝な表情を浮かべる。やはりそういう表情になるか。私とヴィクトリアも、フィリップから話を聞いたときは同じような表情をしていたはずだ。


「それは夢などではなくてか?」

「話を聞いてみた限りでは、そういう類のものではないと思います。フィリップはティータビア様の御業ではないかと」

「なっ……それは本当か?」

「本当のことは分かりません。フィリップも分からないそうです。しかしフィリップの話を聞く限り、ティータビア様の思し召しとしか思えませんでした」


 ローナネス病の対処法についても驚いたが、何よりもフィリップが水を作り出したことが一番驚いた。魔法陣魔法と言っていたあれを広めることができれば、少なくとも水不足からは解放されるだろう。それにフィリップの様子では、まだまだ有用な使い方がありそうだった。


「その知識の内容を話してくれ」

「もちろんです」

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