第9話 兄弟の会話 後編(アルベルト視点)

「知識が膨大でとても全ては話し切らないということで、私も一部しか聞いていませんのでそこはご了承ください。その上でまずフィリップが話したのは、ローナネス病の対処法です」

「ローナネス病の……もしかして、治るのか?」

「はい。ローナネス病とは…………」


 それから私はローナネス病の原因と、魔力放出を防ぐためのサーチルカの樹液について説明をした。


「本当にそのような方法で死を防げるというのか……」

「私もまだ試してはいないので確実なことは言えませんが、フィリップの様子ではほぼ確実かと」

「……早急に試してみるべきだな。サーチルカの樹液は確か、平民の間では出回っているものだったな」

「はい。貧しい者の間で食料となっております」


 私の言葉を聞いて兄上は少しだけ考え込み、真剣な表情で顔を上げた。


「アルベルト、ローナネス病への対処とサーチルカの樹液については王家預かりとしても構わないか? 公爵家主導でも良いが、これは相当大きな事業となる。王家主導の方が混乱も抑えられるだろう」

「もちろん構いません。公爵家が力を持ちすぎると厄介な者達が擦り寄ってきますので」


 私は兄上こそ王に相応しいと心から思っているし、さらに既に王籍を抜けた身だ。それなのに未だ、私こそ王に相応しいなどと擦り寄ってくる輩がいる。私が兄上に勝っている部分など、魔力量ぐらいなものなのに。

 本当に困ったものだ……大方私を持ち上げて王にすれば、自分が甘い蜜を吸えるとでも思っているのだろう。私がそれほど操り易いと思われているところも腹立たしい。


 まあそのような貴族は大概周りを見下し自分が特権階級にいることに酔いしれ、最終的には没落するから良いのだが。

 しかし没落するまでの間に巻き込まれた民達が不憫でならない。なぜあのような貴族が一定数は生まれてしまうのか……没落しても潰してもまた生まれる。まるで害虫のようだ。


「ではサーチルカの樹液を採取している者達を王家で雇うことにしよう。日給で給金を与えることとし、官使を管理者として派遣する。街の外ならば騎士になるな」


 やはり樹液を買うのではなく人を雇うことにするのか。


「私もそれが良いと考えていました」

「やはりそうか。混乱を避けるためにはこちらの方が良いだろう。ただまずはサーチルカの樹液に本当に効果があるのかを確認してからになる」

「それは当然のことです。よろしくお願いいたします」


 こんなことは言いたくはないが、今の季節ならばローナネス病患者は相当数いるだろう。サーチルカの樹液の効果を試すのにはちょうど良い。……今苦しんでいる者達をできる限り助けられたら良いのだが。


「任せておけ。ではローナネス病に関しての話は一旦終わりで良いか?」

「はい。後はお任せいたします」

「分かった。それで他にはどのような知識があったのだ?」

「こちらはさらに驚愕の知識なのですが……魔法陣魔法というものについてです」

「魔法陣魔法?」


 兄上は怪訝な表情を浮かべて眉間に皺を寄せる。この反応も無理はない。魔法陣魔法なんてものはこの国で一度も聞いたことがない代物だからだ。


「魔力で魔法陣というものを描くことによって、魔力を使用し別の現象を引き起こせるのだそうです。フィリップが一つ目の前で見せてくれたのですが……フィリップは空のコップを一瞬で水で満たしていました」

「空のコップを水で満たすだと……? それは、水差しから水を入れたのか?」


 ……やはり想像できないか。まあ当然のことだな。私も目の前で見たものが夢だったのではないかと未だに疑ってしまう。


「水差しからではなく、本当に一瞬で気づいたらコップに水が満たされていました。フィリップが言うには、魔力が魔法陣によって水に変換されたのだそうです」

「魔力が水に変換……そのようなことが本当にできるのだろうか」

「私は実際にこの目で確認しました」


 兄上は難しい顔をして固まってしまったが、しばらく待っていると考えが纏まったのか徐に口を開く。


「それは、誰でもできるのだろうか?」

「……まだその辺については詳しく聞いておりません。私も目の前で起きたことが信じられずに動揺してしまいまして」

「確かにそれも無理はないな。私も今聞いただけでは到底理解できないし納得もできない。アルベルトが嘘をついているとは思っていないが、同時にそのような夢物語に出てくる力を信じることもできず……」


 兄上は申し訳なさそうにそう言っているが、私からしたらこの反応の方が安心だ。この話を目の前で見ることもなく素直に信じてくれたならば、兄上は誰かに騙されるのではないかと心配しなければいけないところだった。


「それは仕方がないことです。やはり一度フィリップと会っていただくのが良いかと」

「……そうだな。目の前でその力を見れば少しは理解もできよう。フィリップをここに連れてくることは可能か?」

「もちろんです。フィリップも国のために知識を使いたいと言っていましたので」

「そうか、それは頼もしいな」


 そう言った兄上の表情は柔らかかった。これならフィリップの立場が危険になることもなさそうだ。私はそっと胸を撫で下ろす。


「しかしフィリップの立場をどうするのかが問題だな。せっかくアルベルト派閥である多くの者達が大人しくなったというのに……」

「そこは私も危惧しているところです。しかしフィリップ本人は王位には興味がなく、臣下としてティータビア様からいただいた知識を国のために活用したいと、そう考えているようでした」


 ティータビア様から知識を授かったからなのか、フィリップは一気に大人びた。まさかあそこまで立派なことが言えるとは……あの時は驚いたな。しかし同時にとても嬉しかった。子の成長とはやはり嬉しいものだな。


「フィリップは立派な人物になるな。……ではフィリップは宰相補佐に就けよう。宰相補佐ならば私の執務室に入室でき、様々な王宮の資料も読める。また政策への提言も可能な立場だ。それでいて私との繋がりを示すこともできる。さらに宰相は人格者だからな。フィリップの知識について話をしても、欲に目が眩むこともないだろう。とりあえず宰相補佐から始めて、必要に応じて役職は増やしていけば良い」


 まさかの宰相補佐とは……まだ十歳でその役職を賜るのは凄いことだ。お祝いをしなければいけないな。


「ただ何にせよまずはフィリップと会ってみて、その能力を確認してからだな」


 そう言った兄上の眼光は鋭く、慣れてない者がその視線を向けられたら思わず震えてしまいそうなほどだった。

 兄上は特に初対面の場合、この瞳で相手をじっくりと観察するのだ。フィリップは怖がらないだろうか……それだけが心配だ。


「兄上、フィリップと会うときはできれば優しい表情でお願いします」

「……私はそんなに怖いか?」

「いえ、普段はそうでもないのですが……相手を見極めている時の視線はかなり怖いかと」

「そうか、気をつけよう」

「お願いします」


 フィリップが兄上のことを怖がってしまったら悲しいからな。ここは兄上に気をつけてもらわなければ。まあフィリップならば視線が怖いからと避けるようなことはないと思うが……大人っぽく見えてもまだ十歳だ。しっかりと配慮すべきだろう。


「ではアルベルト、ローナネス病のことについてもう少し内容を詰めたい。付き合ってくれるか?」

「もちろんです」


 それから私は兄上と共に様々なことを話し合い、気づいたら外は暗くなり始めていた。そこで帰ろうかと腰を上げたのだが、ちょうどタイミングが良いのか悪いのか、兄上の家族が応接室を訪ねてきた。


 久しぶりに会った兄上の子供達は可愛く王妃殿下との話も盛り上がり、結局その日は帰るタイミングを逃して後宮に泊まることになった。そして次の日もなんだかんだと兄上と話し合いを続けて、やっと王宮から出たのは空が赤くなり始めた頃だ。早く帰らなければフィリップが心配しているな。

 私は早足で馬車まで向かい、王宮を後にした。

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