第7話 家庭教師
次の日の朝。まだ父上は戻ってきていなかったので、朝食を食べて早速家庭教師との勉強を再開した。
「フィリップ様、お元気になられて本当に良かったです」
家庭教師のサッシャ先生だ。シュラム伯爵家の三男で、家庭教師の仕事を本業にしている。凄く優しくて博識な先生らしい。
「サッシャ先生、お久しぶりです。もうすっかり元気ですので大丈夫です」
「フィリップ様が臥せっていると聞いた時はもう心配で仕方がなかったです。こうして今お元気になさっているのもティータビア様のお導きでしょう。教会にお礼に行かなければなりませんね」
「はい。今度行こうかと思います」
確かに一度教会に入ってみるべきだよね。もしかしたらティータビア様からのお導きがあるかもしれない。
「では早速授業を再開させましょう。本日は久しぶりですので貴族の心得についての話から」
「分かりました」
「それではフィリップ様、この国の貴族はどのような役割を担っておりますか?」
この話は何度も授業でやっているからか、フィリップの頭の中にしっかりと記憶として残っている。
「それは国が滅びぬよう、皆の指導者として様々なことを円滑に進める役割を果たしています。また強い魔物が出た時には、魔力で魔物を倒すことも責務です」
「その通りです。素晴らしいですね」
この国の貴族は前の世界と同じように平民よりもかなり魔力量が多く、だからこそ魔物の脅威が大きいこの国では貴族は尊敬される存在となっているらしい。まあそれに胡座をかいて怠ける貴族もたまにいるみたいだけど、そういう貴族は歴史上ことごとく没落しているようだ。
国の現状が厳しいことが幸いしていると言っても良いのか、前の世界によくいたバカな貴族は少ないみたい。
「貴族はとても豊かな生活をしていますが、それは同時に重い責務を背負っているからこそです。これを忘れてはなりませんよ。また王家の方々はより重い責務を背負っておられます。王家への尊敬も忘れぬように」
「はい。もちろんです」
実際にこの国の現状で王家なんて相当大変な立場だよね。尊敬の心しか湧いてこないよ。実際に今の王様はかなり良い人みたいだし。
「では貴族の心得について理解を深めたところで、次は算術についてです」
それからは貴族として必要な知識をたくさん学び、午前中の授業は終わった。そしてお昼を食べて午後は剣術の授業と魔法の授業だ。俺の先生は贅沢なことに騎士が交代で来てくれているらしい。
「フィリップ様、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「まずは剣術からですね」
この国の剣術は前の世界とは少し違い、完全に実用一辺倒。形や剣の振り方などはどうでも良いから、とにかく魔物を倒せるものが強者らしい。
なので剣術の授業も木剣でひたすら打ち合いだ。とにかく剣術は剣と一体になれるまで振り続ける、それが一番の近道だとされているようだ。ちょっと、いやかなり脳筋な指導法だよね……まあ、魔物に勝つという一点のみを重視するとそうなるのかもしれないけど。
それに剣術だけではなく砂を巻き上げて目潰しとか、剣で切り掛かると見せかけて足で蹴り飛ばすとか、とにかく強ければなんでもありのようだ。
そんな過酷な剣術の鍛錬が終わると、次は魔法の練習になる。魔法は魔法陣がないのでただ魔力の塊を飛ばすだけなんだけど、その精度やスピード、威力を向上させるために練習するらしい。
「フィリップ様、体の中で練り上げた魔力を手のひらに集めます。できる限り集めてもう限界だというところで勢いよく放出するのです」
「はいっ!」
「あの岩に向かって放ってください」
俺は今まであまりやったことのない魔力の使い方にかなり苦戦していた。魔力は魔法陣に注ぐもので、魔力を塊として放出することなどなかったのだ。
これって相当魔力が無駄になってるよ……魔力の使い方が勿体なさすぎる。やっぱり魔法陣魔法は早急に広めたほうが良い。
「はっ!」
なんとか練り上げて放出した魔力の塊は、確かに岩を少し削るほどの威力が出せた。しかしさっき使った魔力の十分の一ほどで、魔法陣魔法を使えばこの程度の岩は爆散させられる。
「フィリップ様、さすがです! とても素晴らしい攻撃でした」
「ありがとうございます」
「フィリップ様は貴族としてご立派ですね」
騎士の方にそう褒められつつ、俺はそれからも練習を続けた。そして今日一日の予定が全て終わり夕食も食べ終わった頃、やっと父上が屋敷に戻ってきた。
「父上! 何かあったのかと心配しておりました」
「不安にさせて悪かったな。少し話が長引いてしまったんだ。フィリップに話があるから執務室に来てくれるか?」
「もちろんです」
早速父上に付いて執務室に入るとソファーを勧められる。そこに座ると父上はすぐに口を開いた。
「陛下との話し合いの末、明日の午前中に私とフィリップで登城することになった。陛下が一度フィリップと直接話がしたいと仰られてな」
「それは……謁見ということでしょうか?」
「いや、今回は非公式のものだ。私が兄上のところにフィリップを連れて遊びに行くという形をとる。なのでそこまで緊張する必要はない」
非公式で良かった……謁見ってなったら他の貴族もいる場所で陛下と会うことになり、大勢の人に一度に俺の知識が知られてしまうところだった。それでも別に支障はないかもしれないけど、こういうのは一気により段々との方が上手くいく。
父上と陛下が配慮してくれたんだろう。ありがたいな。
「かしこまりました。陛下と話をするにあたり、何か気をつけるべきことはありますか?」
「そうだな……フィリップは大丈夫だと思うが、嘘だけはつかないようにしてくれ。兄上は相手が述べていることの真偽を見極める力を持っているんだ。本人に聞いたら声のトーンや瞳の動き、体の些細な動きなどで見極められるらしいが……私には一切分からない」
……それは相当鋭い人だ。前の世界にも相手の真偽を見極めることを職業としている人はいた。でもあの人達は相手の魔力の動きを見極められる、特殊な能力の持ち主だったはずだ。もしかして陛下もその能力を持ってるのかな。
いや、確かあの力は魔法陣も使った上での能力だったから、陛下はそういう特殊技能なしに真偽を見極めてるってことだろう。なんか凄いな……野生の勘的なやつ?
「陛下に対して嘘偽りを述べることはありませんので、ご安心ください」
「そうだよな。フィリップなら問題ないと私も信じている。変なことを言って悪かったな」
「いえ、事前に知っていると焦ることもありませんので、教えていただけて良かったです」
「それなら良かった。では明日は頼んだぞ」
「はい。頑張ります」
父上と視線を合わせてお互いに深く頷き合い、俺は執務室を後にした。フィリップは陛下と会うのは二度目だ。でも前に会ったのはほとんど記憶に残っていない五歳の頃の話。もう陛下のお姿も朧げなんだよね……でも鋭い目つきで少し怖かったのは覚えてる。
まあ陛下ともなれば、少し怖くて威厳があるぐらいじゃないとやってられないのだろう。父上の兄なんだし人格者で良き王だと言われてるし大丈夫だ。
俺はどうしても緊張してしまう心を落ち着かせるためにそんなことをつらつらと考え、なんとか眠りについた。
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