第5話 魔法陣魔法と公爵家の屋敷

 魔法陣魔法は使ってみせたほうが早いかな。とりあえず分かりやすいやつが良いから……、水魔法を使ってみよう。


「他に得た知識で大部分を占めるのは魔法についてです。魔法陣というものを描くことによって、魔力が変換され魔法となってあらゆる現象を起こせるのだそうです。では今やってみますね」


 俺はテーブルに置かれていたコップの水を飲み干して、そのコップを水で満たすように魔法陣を描いた。中心には魔力を変換させたい属性、ここでは水という神聖語を書き入れ、その周りにはどの程度の量の水を発生させるのか、その温度は、さらにどこに出現させるのかなど、様々なことを書き込んでいく。


 そして魔法陣の装飾まで完璧に描き込み、しっかりと描けているか確認したところで発動させた。本気で描けばこの程度の魔法陣はすぐに描けるんだけど、両親に分かりやすいように時間をかけて丁寧に描いた。


「コップの中身を見てください」

「み、水がある。さっき飲み干してたよな……?」

「ええ、確かに飲み干していましたわ」

「これが魔法陣魔法です。誰もが持っている魔力を現象に変換できます。今は魔力を指に集めて宙に魔法陣を書きましたが、魔紙というものに描けばいちいち描くことなく魔力を注ぐだけで発動できるそうです」


 俺の説明にさすがにこの両親でもついていけてないようだ。魔法陣の概念さえなかったのだから仕方がないか。


「さらに魔道具というものも作れるみたいです。それは特殊な鉱石に魔法陣を刻み、そこに特殊なインクを流し入れることでできます。魔紙に描いた魔法陣は本人しか使えないのに対し、魔道具は誰でも使えるところが利点です」


 そこまで説明して父上と母上の表情を見てみると……かなり混乱してるみたいだ。とりあえず話をするのはここまででやめておいた方が良いかな。もう少し落ち着いたら続きは話そう。

 魔紙の作り方や魔道具を作るために必要な鉱石とインクも早めに手に入れたいけど、これ以上話しても頭に入らなそうだし。


 あとは食事についてやその他にも細かい話がたくさんあるんだけど、それはこの国の現状を把握してからでも遅くないよね。


「……父上、母上?」

「あ、ああ、すまない。あまりにも凄い話で驚いてしまったな」

「これは本当にティータビア様のお力以外の何物でもないわ。あなたはティータビア様に選ばれたのね」

「これは陛下に、兄上に報告しなければいけないな。次代の王位継承で問題が起きないようにしなければ……」


 王位継承って……もしかして俺が王にされる可能性があるってこと!? それは絶対に嫌だ、絶対に避けたい。前の世界でも貴族だったから分かるけど、王なんて重責がのしかかって大変なだけだ。自由も一切ない。そんな存在になりたくはない。

 王族の方々は重責を担ってくださっているのだから、しっかりと敬うべきだと俺は思う。たまに特権階級の意味を履き違えた馬鹿な貴族がいるんだけど、あいつらは本当に救いようのない馬鹿だと思ってる。


 前の世界でもいたな……王位欲しさに悪どいことしてたやつとか、貴族だということを威張り散らして税を取れるだけむしり取ったら領地に人がいなくなった貴族とか。本当に呆れて何も言えなかった記憶がある。

 貴族とは特権を得る代わりにさまざまな責任を背負うものなのだ。


 だから王になんて絶対になりたくない。貴族とは比べ物にならない大変さだと予想できる。なんなら公爵家だって俺には重荷だ。でもこの家に生まれたからにはちゃんと責務を全うするけどね。


「父上、僕は王位が欲しいなどとは微塵も思っていません。しかしこの知識はティータビア様から頂いたもの、国のために有効活用するべきだと考えます」


 俺のその言葉を聞いた父上は嬉しそうに顔を緩めた。


「そうか、お前がこんな良い子に育ってくれて嬉しいな。急に大人びたか? やはりティータビア様から知識を授かったからだろうか?」

「た、多分そうでしょう」


 やばい、ちょっとフィリップのこと忘れてハインツとして話してたかも。もう少しフィリップは子供だ。……でも少しずつ大人っぽい子供って感じにしておこう。子供みたいに話すの辛い。


「あなたが立派な子に育ってくれて嬉しいわ」

「母上、ありがとうございます」

「ではフィリップの考えも踏まえた上で陛下に相談してこよう。もしかしたら正式な役職を与えられる可能性もある。その場合はまだ十歳だが、国に仕える気持ちはあるか?」

「もちろんです。僕は父上の子供ですから」


 それに正式な役職があったほうが色々やりやすそうだし。この国を少しでも良くするには、権力がないとやっぱり難しいだろう。


「ははっ、頼もしいな。では私は早速陛下に話をしてくる。お前達はとりあえずいつも通り過ごしていてくれ」

「分かりました。気をつけていってらっしゃい」

「はい、父上」


 そうして両親との話し合いは終わり、俺は執務室を出た。部屋に戻ってニルスに水を出してもらいつつ、これから何をするべきかを考える。


 まずはやっぱり自分の目で見て現状把握をしたい。そうなるとこの屋敷の探検からかな。それが終わったら街中も見てみたい。この家、ライストナー公爵邸があるのは貴族街だから、平民街にも行ってみたい。王都の作り的に平民街を通らなくても王都の外に出られるので、フィリップは一度も平民街に行ったことがないのだ。


「ニルス、今日の予定って何かある?」

「フィリップ様は臥せっておりましたので、まだ予定は入れておりません。体調が大丈夫そうでしたら、明日からまた家庭教師を呼びますがいかがいたしますか?」


 この国には学校というものはほとんどなく、騎士になるためには必ず卒業しなければならない騎士学校しか存在しない。なので貴族の子は家に家庭教師を呼んで勉強するのだ。フィリップも例に漏れず家に家庭教師を呼んでいたらしい。騎士学校は目指していなかったようだ。


 まあそれも納得出来る。何故なら騎士学校とは三年間、身も心も厳しく鍛えられる地獄のような学校で、半数以上は途中で退学するほどの辛さらしいのだ。だからこそ騎士は花形の職業で皆が憧れるんだけど……俺はその辛さには耐えられそうもない。騎士学校は今まで通り候補に入れなくても良いだろう。


「明日からまたお願いしようかな」

「かしこまりました。ではそのように手配しておきます」

「ありがとう。それで今日なんだけど、ずっと寝てたからリハビリも兼ねて屋敷を歩こうかと思うんだ」


 この理由なら、今更フィリップが屋敷を探検することに対して不思議には思われないよね。


「確かに体調がよろしいのでしたら少し動かれた方が良いですね。ではお供いたします」

「ありがとう」


 ニルスを連れて自分の部屋を出る。まずこの屋敷は大公家の屋敷だけれどそこまで広くない。無駄な部屋はいらないとでも言うような作りだ。

 材質は石と……コンリュトが使われてるみたい。コンリュトは確か砂や水と石灰を混ぜるんだったかな? 詳細には覚えていないけど、家づくりには欠かせない素材だったはず。一応この国にもコンリュトは存在してるんだね。それにフィリップの記憶ではレンガもあるみたいだ。


 そんなことを確認しつつ家の中を進んでいくと、どこも見る場所がないほどに殺風景な廊下が続く。まず廊下や階段には一切絨毯の類は敷かれていない。さらに絵画や花なども飾られていない。俺の部屋には一応絨毯があったから生活空間にはあるのだろうけど、移動するためだけの場所には要らないって感じらしい。

 徹底的に無駄を省いているような印象を受ける。ここが公爵家の屋敷だなんて信じられないな……

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