第4話 朝食と話し合い

 食堂に着きニルスに椅子を引いてもらって席に座る。家族五人での食事だ。食堂はそこまで広くなく飾り付けも何もない空間だった。この国って発展してないっていうのもそうだけど、余分な装飾に使える力がないほどに困窮してるのかな。


「フィリップ、もう大丈夫なのか?」


 席に着くと早速父上が心配そうに声をかけてくれる。


「はい。もうどこも辛くありません」

「本当に良かったわ」


 俺の返答に両親が揃って顔を緩めた。本当にこの家族は良い雰囲気だよね。生まれ変わったのがフィリップで良かった。それだけは心から思う。ただもし選べたのだとしたら、前の世界と同程度には発展している国にして欲しかった。


「兄上、いっしょにごはんを食べましょう!」

「ごはん、ごはんっ!」


 弟妹達も本当に可愛い。フィリップの人格も少しは残ってるからなのか、俺が感じてる感情なのか分からないけど、この家族は絶対に大切にしようと思う。


「マルガレーテ、ローベルト、一緒に食べようね」


 俺がそう言って弟妹二人に笑いかけると同時に、給仕が朝食を運んできてくれた。お皿に乗った芋とその隣に少しだけ乗った肉、それから別の器に野菜がほんの少し入っているスープ、それだけだ。


 ハインツからしたら囚人のご飯なのかな? って感じだよね。でもフィリップの記憶からこれがこの国の普通で、なんならこの食事は贅沢だということが分かる。そもそもこの国では三食食べられるなんて、高位貴族でしかありえない贅沢らしい。平民は芋だけの食事が一日一食なんてことも多いみたいだ……


 この国って本当に大丈夫なのかな。フィリップはまだ幼くてそこまで考えてなかったみたいだけど、俺からしたら食料がなくなって滅びる寸前の国のように思える。


 カトラリーは一応フォークとスプーン、ナイフが置かれているけど、ナイフなんて使い道のない食事内容だよ……


「では皆、祈りを捧げよう。光の神、ティータビア様に感謝を」


 父上のその言葉の後に、皆でティータビア様に感謝を捧げる。方法は右手を広げて左胸に当て、目を閉じて少しだけ顎を引く。立っているときは少しだけ右足を後ろに引いて膝を曲げるのだ。


 光の神ティータビア様、それに祈りの仕方も前の世界と同じだ。やっぱりここはハインツが生きていた世界と同じ世界である可能性が高い。というよりもほぼ確定だろう。でもそれにしては色々と不可解な点が多すぎて混乱する。



 それから少しの間祈りを捧げて、皆で食事を始めた。俺はまず芋から口に入れてみた。……うん、ただの芋だ。何の味もついていないただの芋。しかも品種もあまり良くないやつだ。前の世界には甘くて美味しい芋や、柔らかくてほろほろにとろける芋などが存在した。

 でもこの芋は……パサパサで蒸かしてあるのに硬くて、甘さや旨味がほとんどない。これってかなり前に作られてた、美味しくない代わりにとにかく育てやすい品種じゃないかな?


 この世界では美味しさを追求する余裕がないのかもしれないけど…………辛い。美味しいものを知ってるからこれを毎日食べるのは辛い。

 気を取り直して肉だ。肉は……うん、確かに肉自体は美味しい。良い肉とは言えないけど悪くはない。ただ味付けが少量の塩のみってところが……ちょっと微妙だ。この世界でそれがどれだけ贅沢なことかってことは分かってるんだけど。

 たっぷりの香辛料に漬け込んだステーキが食べたい。揚げ肉も煮込み肉もこの世界では食べた記憶がない。はぁ、やっぱり食生活はかなり厳しいな。

 

 最後はスープだ。ちょっと予想できるけどもしかしたら凄く美味しいってことも…………うん、予想通りだった。これはスープではない、お湯だ。お湯に少しだけ野菜が浮かんでいて、さらに塩がほんの少しだけ使われている。少しすぎてほぼお湯にしか思えないけど。


「今日も食事をいただけることに感謝するんだぞ」


 父上が皆を見回しながらしみじみとそう呟いた。


「はい。皆の働きあってのことですからね」

「そうだ。この厳しい世界では感謝の気持ちを忘れた者、助け合う気持ちを忘れた者は生きる資格などない。しっかりとそのことを心に刻むように。平民の働きでこうして三食も食事をいただけるのだから、それに報いるように我々は仕事に励み、国を少しでも豊かにしなければならない」


 この話は父上が何度も何度もしている話だ。フィリップの時は物心ついた時からこの話を聞いていて当たり前だと思っていたけど、ハインツの記憶を思い出した今となっては素晴らしい貴族の鑑のような考え方だと思う。

 でもフィリップの記憶と少し過ごしただけで分かるこの世界の貧しさからして、脅しでも何でもなくただの事実なのかもしれないけど。


 量も少ないのでそれからすぐに食事を終えて、食後にただの水を飲むと皆は席を立った。この後はいつもそれぞれ勉強や仕事の時間だけれど、今日は父上と母上が俺を執務室に呼ぶ。


 執務室に移動してソファーに腰掛けた。いや、これはソファーではなく布を被せただけの木の椅子だ。ふかふかのクッションが恋しい……


「フィリップ、話とは何だ?」


 父上が早速本題に入ってくれたので、俺も余計なことは話さずに本題に移る。


「まずはお時間をとっていただきありがとうございます。先日まで僕は高熱を出して寝込んでいましたが、実はその熱の影響なのか、不思議な知識が頭に流れ込んできたのです」


 俺のその言葉に父上と母上は揃って怪訝な表情を浮かべた。多分信じてないのだろう。


「夢の話か……?」


 やっぱりそう思うよね。確かに夢のような話なんだけど……これはただの夢じゃないことは確かだ。現に俺はフィリップの体でほぼハインツの人格という、意味不明な状況に陥っているし。


「夢ではありません。あまりにも詳細な知識なので……光の神ティータビア様の御業か何かだと」


 俺のその言葉に父上と母上は、途端に顔を真剣なものに変える。光の神ティータビア様を主神としたティータビア教は前の世界でも多くの人に信仰されていたけれど、この国では特に信仰心が強いみたいなんだ。やっぱり厳しい環境だからこそなんだろう。


「……それは、本当か?」

「はい。僕にも正確なことは分からないのですが」

「ではその知識というものを聞かせてくれないか?」

「もちろんです。全てを話すとなると膨大で時間が足りませんので、とりあえず重要だと思う部分のみお話しします」


 まず絶対に伝えたいのはローナネス病のことだ。後は魔法陣魔法のことと魔道具のこと。


「まず先日僕が罹患していた病であるローナネス病ですが、その対処法が分かりました」

「何と……、それは本当か!? あの病は多くの国民を死に追いやるものなのだ! それが治せるとなれば……」

「はい。僕の中に入り込んできた知識によると、まずローナネス病とはこの時期に大量に孵化する小さな虫によるものだそうです。虫に刺されたところから魔力が流れ続けるため、まだ成長していなく魔力量が少ない子供が死亡しやすいのです。対処法はサーチルカという木の樹液を虫に刺された部分に塗るだけです。一週間ほどで自然に魔力放出はなくなるので、それまで塗り続けておけば対処できると」


 その説明を聞いた両親は、共に難しい顔をして固まってしまった。しかしさすが王弟とその妻、すぐに持ち直して今後のことを考え始める。


「サーチルカとは平民の間では出回っているものだったな」

「ええ、確か少しだけ甘みがあるけれどえぐみが強い樹液で、貧しい者達が食料にしているとか」

「ではその樹液を採取している者達からサーチルカを買い取れば問題は起きないか? 金を払えば他の食料を手に入れることもできよう」

「そうね。しかし誰もがサーチルカを採取しようと争いになるかもしれないわ」

「そうだな……では公爵家の事業として正式に人を雇うことにするか、それとも王家に話を持っていって……」


 それから父上と母上は色々と話し合いをして、とりあえず今後の方針は決まったようだ。


「フィリップがティータビア様から得た知識は決して無駄にはしない。伝えてくれてありがとう」

「いえ、僕もなぜ自分にこの知識が来たのかは分かりませんが、公爵家の長男として国の役に立てるのならば嬉しいです」

「お前は頼もしく育ってくれたな。私は嬉しいぞ」

「本当ね。凄く頼もしいわ」


 両親が共に優しい笑顔を浮かべてくれる。


「ではフィリップ、他の知識についても話してくれるか?」

「かしこまりました」

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