3

 その日、ぼくは兄弟姉妹たちや母親と共に、雑草の生い茂る空き地で狩りの練習をしていた。しかし、ぼくはどうしても人間が捨てていったゴミの方に興味を惹かれてしまう。この缶スプレーなんか、まだ中身が結構残っている。このガスライターもそうだ。しかし、そんなものを持っていっても母親は機嫌悪そうに低く唸るだけだった。


 その時。


 いきなり上空から何か大きなものが、凄まじいスピードで覆いかぶさるように急降下してきた。オオワシだ。一番下の弟の悲鳴が上がる。捕まえられそうになったが、彼はかろうじて奴の爪を逃れた。しかし後足にダメージを負ったようだ。うまく動けない。他の兄弟姉妹はみな逃げ出した。母親だけが彼を助けるために走り出す。だが、あれだけ大きなオオワシに、果たして彼女が対抗できるものなのか。難しいところだろう。


 オオワシは再び一番下の弟に狙いを付け、脚の爪で彼を掴もうとしている。


 しょうがない。ここはぼくがやるしかないか。


 ぼくだってダテに缶スプレーやライターを集めたわけじゃない。ひょっとしたらこんなことになるかもしれない、と思ってあえて用意したのだ。見てろよ、オオワシ。一泡吹かせてやるからな。


 ぼくはまず、ノズルの噴射口がオオワシに向くように缶スプレーを立てて地面に置く。そしてガスライターを二つの前足で抱えて点火する。人間の手なら片手で操作できるのに、狐の前足ではなかなか難しい。そしてぼくは尻を地面に下ろし、後足を使って缶スプレーのノズルを上から押さえて噴射させ……火が点いてるライターを持ったままの前足を動かして……


 着火ライトオフ


 ボン、という爆発音とともに、激しい炎がオオワシに襲い掛かり、奴の頭部を直撃する。悲鳴を上げて奴が離陸する……が、おそらく両目をやられたのだろう。ふらふらとおかしな飛び方をした、と思ったら、電柱に真正面から衝突し、そのまま地面に突き刺さるように墜落する。


 ……撃墜スプラッシュ


 親指があればサムアップを決めたいところだ。テレビドラマでヘアスプレーを火炎放射器として使うシーンがあったのを見ておいて、本当に良かった。ぼくは家族を守り切ることができたんだ……

 しかも、異世界転生ものによくある、前世の知識を生かしてピンチを切り抜け、ヒロインを始めとする異世界住人の賞賛を一手に集める、てな感じのシチュエーションだ。これはエモい。


 達成感にひたりながら、ぼくは家族たちを振り返る……が、彼ら彼女らの顔を見た瞬間、ぼくは愕然とする。


 ぼくが守った一番下の弟も、母親も、戻ってきた他の兄弟姉妹も……みな一様に、ぼくを畏怖の表情で見ていたのだ。まるでバケモノでも見るように……


 ぼくは悟る。


 やりすぎたのだ。ぼくは、狐という存在を飛び越えてしまった。


 いや、狐どころか、こんな風に炎を使いこなす能力が備わっている動物なんか、そうそういるわけがない。そもそも、家族たちは皆ぼくが彼ら彼女らを救った、ということすら理解していないだろう。まして賞賛なんかするはずもない。


 そして、居場所を失ったことに、ぼくは気付いた。


 もはやぼくは彼ら彼女らの仲間ではない。まさにある種のバケモノになってしまったのだ。ぼくが読んできたいろんな物語でもそうだった。結局どんな組織でも、異分子というものは排除される運命にあるのだ。天才は常に孤独だ。


 でも、それでいい。きっとこれは巣立ちの儀式なのだ。ぼくにもとうとうそういう時期が来た、ということなのだろう。


 ぼくは家族たちに尻尾を向けた。


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