第26話 涙の告白

「ご主人、ちゃんと本音で話してますか?」

 立ち上がった梨央の傍らには、いつの間にか真北が立っていた。

「・・・。」

「言葉にしないと伝わらないんですよ。たとえ妻でも、親でも、子でも。でないと、一生後悔することになるかもしれませんよ。」

 イケメンの涼し気な声が、一層癇に障る。

 障るのに、言い返せないのは何故なのか。こんな若造に、赤の他人に、忠告される覚えなどないのに。

「・・・もういいんです、真北さん。あの人、わたしのことあの程度にしか思ってないんですから。大切にしてくれない夫なんて、こっちから願い下げだわ。」

「おかあさん、りこんてなに〜?」

 いつの間にか、イケメンの足元には丈晴の姿がある。

「なんでしょう?とってもおいしいものかしらね?」

 ふふっと笑って息子をあやす梨央は、もう夫の方を見ない。

 何も言えないでいる幸人を暫く凝視していたのは、梨央でも丈晴でもなく、真北だったのだが、やがて、諦めたようにその手を梨央の肩にまわした。足元にくっついている丈晴も嬉しそうに笑っている。肩を抱かれて安心したような表情の梨央。

 まるでその姿は、真北こそが梨央と丈晴の家族であるかのようで。

 今までもこれからも、その姿こそが当たり前であるかのように自然だった。そう見えてしまった。

「や、やめろっ・・・俺の家族に触るな・・・」

 幸人のその叫びは、最初余りにも小さくて、子供の室内遊技場を仲良く歩く三人連れには届かない。そうでなくても、子供が遊ぶ場所は賑やかなのだ。

 のそのそと、躊躇いがちに、思い足取りで、彼らの後を追う。情けないくらいの、みっともない姿だった。

 もう一度、間男だと思った真北を見る。名前も職業も知らないが、イケメンだし若い、綺麗な男なのだ。誰だって自分よりも魅力的に映るだろう。初対面同然なのに、息子の丈晴もすぐに打ち解けて一緒に遊んでいた。息子は笑顔だった。自分のときと違って。何より、梨央の、あの安心しきった表情。まるで、縛られていた鎖から解き放たれたかのように。

 夕方のショッピングセンターは、土日ほどでは無いにせよそれなりの人出がある。小さな子供を遊ばせる親の姿はそれなりに多かった。もしかすれば、知り合いの一人くらいはいてもおかしくない。

「梨央、丈晴・・・!」

 幸人はやっと三人に追いついて、その場に膝をついた。

 振り返る妻と息子、そして間男に。

「やめてくれ、どこにも行かないでくれ。俺の家族を奪わないでくれ・・・!」

 三人を縋るように見上げ、涙を溢しながらそう訴えていた。

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