第23話 共感して。
気付けば、何かと愚痴を言ったり相談をする相手は、真北だった。妹の史帆とは最初に事情を打ち明けて以来、余り夫の事は話していない。真北と、時折上司の倉田に聞いてもらっている。
独身の史帆に、結婚生活の愚痴をたくさん垂れ流してはいけない気がして。いくら姉がこうでも、妹にだって結婚に夢を持つ権利くらいあるはずだ。そう思えば、史帆に言えない。離れているから尚更に言わずに済んでいる。
窮屈な仮面夫婦の関係が続き、いつしかそれにも慣れてしまったある日。
いつものように自宅まで梨央を送ってきた真北が、いつもどおりバス停に向かう。普段この時間には彼以外誰もいないのだが、一人の男がそこに立っていた。
睫毛を瞬かせて、真北が少し驚いた顔を見せる。
そこにいたのは、梨央の夫の狩野幸人だったからだ。
「・・・こんにちは。」
礼儀正しく、軽く会釈して挨拶した真北に対して、幸人は少し狼狽したようだったが、やがて佇まいをただし、相手を真っ直ぐに見つめた。
「俺の妻と別れてくれ。」
幸人の口から、絞り出すように出た言葉はそれだった。
「奥様から聞いていませんか?」
「何が、だ。」
「俺と奥様はお付き合いしてません。ただ同じ職場なので、帰宅の際ご一緒しているだけです。お一人で帰らせるのが心配なので。」
確かに、梨央は浮気などしていない、と断言していた。幸人の両親の前で。
「じゃあ、なんで」
いいかけた幸人の言葉を遮るように、真北が続ける。
「奥様ときちんと話し合いましたか?本音で、冷静に、話し合ってますか?奥様の気持ちを、ちゃんと理解していますか?あなたのお気持ちを、本音をちゃんと話しましたか?」
ぐっと言葉を飲み込む幸人に、畳み掛けるように更に真北が告げた。
「俺は奥様の話しか聞いてませんけど、聞いている限りではちゃんと話し合っているように思えません。ご主人が奥様にマウントを取ろうとしているだけのように聞こえました。ご夫婦の形は人それぞれですけど、基本的にその立場は平等です。どちらが稼いでようが凄いとか偉いとかないと思います。家庭でどちらが偉いとか偉くないとかおかしいじゃないですか。互いを尊重してこその、夫婦じゃないですか?・・・赤の他人に言われることじゃないでしょうけど。」
モデルらしい端正な横顔は冷静だ。そして、真剣だった。そして、聞いている幸人も黙っている。
それこそ赤の他人である間男なんかに言われたくない説教だったのに、どうしてか何も言い返すこともなく、黙って相手の顔を凝視していた。公衆の面前だと言うのに、周囲を気にする様子もない。
昼下がりの、住宅地のバス停には、他に人影はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます