第22話 してる?してない?

「だって浮気だなんて言い出すなら、離婚も視野に入れているんでしょう?だったら調停でも裁判でも有りえますよね。この写真ではとても証拠能力とは言えないと思います。慰謝料請求すらできないですよ。」

 まさか嫁の方からこんなことを言われるとは夢にも思わなかったのだろう。義母も夫も目を見開いて驚いている。

「馬鹿なことを、まさか、この程度のことで離婚だなんて」

 ねぇ、と言って自分の息子の顔色を見る義母。

 梨央は半ば軽蔑の眼差しで、夫の方を見た。

「そもそも、よそで済ませてこいと言ったのは、幸人さんの方ですから。幸人さんがわたしと夫婦生活をするのを嫌がったんです。・・・あの屈辱、わたしは絶対に忘れませんからね。」

「あ、あなたそんな事をお嫁さんに言ったの!?」

「い、いや・・・」

 実の母親に責められても夫が強く否定出来ないのは、梨央が、あの時の台詞を録音しているからだ。この場でお披露目なんかされたら困る。

 この際だから、言ってやろう。今後余計な口出しをされないためにも。

「自分で言った言葉には責任を持ってほしいですね。外で済ませろと言ったのは幸人さんです。それなのに、たかだか同僚と一緒に歩いていただけで浮気とか非難されるのは心外です。この先一緒にやっていけるとは思えません。」

「そんな、梨央さん、大袈裟だわ。」

「そうだ、大袈裟じゃないか。馬鹿を言うなよ!」

 義母に同調する夫を、もう一度白い目で見る。

「大袈裟にしたのは、幸人さんの方ですよね!!こんな些細なことでお義母さまやお義父さままで巻き込んで。」

 強い口調で糾弾してやると、それまで何も言わなかった義父が、はじめて口を開く。

「まあまあ梨央さん。そう怒らないで。早とちりなのは確かに幸人が悪かった。そうですよね?ただの早とちりで、誤解なんでしょう?浮気なんてしてないんだよね?」

 のんびりとした口調と表情だったが、その細い目は笑ってない。

 左手で吸いきったタバコを灰皿に乗せて、指で潰しながら火を消す。

「してません。」

 短くきっぱりと言い切ると、義父は、うん、と頷いた。



 夫の暴言と義母の理不尽な追求について謝罪しろ、と言ってやりたかったが、さすがにそこまで求めるのは無理だろう。ここは義実家で、アウェーだ。ホームじゃない。

「・・・丈晴が待ってるので帰ります。」

 梨央は立ち上がり、とっとと義実家を辞した。慌てたように義母と夫が追いかけてくるが、振り返ることもなく玄関を出る。何も言われたくなかったし、聞く耳も持たなかったからだ。ろくに挨拶もせず夫の実家を出たのははじめてのことだった。



 

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