第19話 ヤレばいいんだろ

 他の人に相手にしてもらえないのは妻ではない。自分の方だった。梨央をつきあうまでに交際した女性は、求婚すると去っていってしまった。早く結婚して子供を作らなくては、親のプレッシャーに耐えられない。そう思って、幸人は結婚を焦っていたのだ。兄が家を出て海外へ行ってしまったため、親の期待が全て自分にかかり苦しかった。

 そんな自分の求婚を受け入れ、自分の地元へ赴任することも了承してくれて、大事な跡継ぎまで産んでくれた。有り難い妻だった。本当に梨央に出会ってよかったと思った。これで親のプレッシャーにも悩まされずに済む。これで仕事にも集中できる。これからはもっと、自分の好きなように生活したい。家のことをやってくれる妻もいる。

 幸人は、自由になったのだ。地元には友達もたくさんいて、私生活も楽しい。今まで都会での孤独で窮屈な社員寮暮らしと親の重圧に耐えてきた分、幸人の開放感は現在、最高潮である。

 それなのに、些細な言い争いから夫婦喧嘩に発展して、妻の浮気疑惑に、家事ボイコット。こんなことなら、多少無理してでもセックスの一つや二つしてやるんだった。つい面倒くさくて、思ってもいないことを口走って言わなくてもいいことや言っちゃけないことまで言ってしまった。

 要は、セックスしてやれば気が済むのだろう。

 それさえすれば、また、元の生活に戻れるのだろう。

 仕方なく風呂は諦めてシャワーだけにし、夕食は買い置きのカップ麺をすする。台所のシンクを見れば、皿一枚フォーク一本なく綺麗なままだ。本当に料理をしていないのかと思うと、腹が立つ。脱衣場へ行けば、幸人の洗濯物だけがカゴに残され、梨央と丈晴の洗濯物は一枚もない。これは妻の嫌がらせなのだろう。給与振込口座を勝手に変えた事に対する仕返しなのだ。

 幸人はシャワーと食事を済ませた後、妻と息子が眠る子供部屋へ足を向けた。



 やっと眠りに落ちたと思ったところで、急に揺り起こされた。目覚めたくないが仕方なく目を開けると、薄暗闇の中で夫が自分の肩を摑んでいる。真っ暗は子供部屋のドアから、廊下の明かりが少し差し込んでいた。

「・・・なに?」

「寝室へ来い。ヤリたいんだろう、付き合ってやるから。」

「・・・は?」

「セックスできないから腹いせに俺に嫌がらせするんだろ!?今からしてやるから、寝室へ来い。」

 隣のベッドで丈晴が眠っているから、声のトーンを抑えているのはわかる。

 しかし、子供の隣で離す言葉ではない。

 仕方なく、梨央は身を起こした。

「もう結構です。構わないで。あなたとなんかしなくてもいいんで。それより生活費をちゃんとしてくださいな。どうしても生活費をくれないなら、あなたの実家へ頂きに上がります。おやすみなさい。」

 言うべきことを言うと、子供のベッドの隣に敷いた布団の中へ、もう一度潜り込んだ。

 

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