第17話 舌を出す
頭に血が上った梨央はまっさきに夫に電話しようと思った。文句を言ってやろうとスマホを取り出す。夫が勤務中だろうがかまうものか。
その瞬間、着信が有った。真北からだ。
少しだけ冷静さが戻ったのか、梨央は通話ボタンを押す。
「梨央さん?今日休みでしょ。よかったらランチでも」
穏やかな声が耳に入り、怒りがすぅっとひく。
「あのね、真北さん。ちょっと愚痴を聞いてほしいの。」
「いいよ、いくらでも。職場の隣りにあるカフェレストランなんかどうかな?」
救われた、と思った。
冷静にならなければ、夫の幸人と戦えないからだ。
その日の夜、夫は23時をまわってから帰宅した。
玄関の鍵を開けて入ってくるなり、
「梨央!いないのか!」
声高に呼んだのは、家に明かりがついていなかったからだ。靴を脱いで上がり込み廊下やらリビングやらの照明を点けて回る。
「あら、おかえりなさい。」
唐突に、リビングのソファから声がして、幸人が飛び上がった。
「な・・・なんで電気も点けないでいるんだよ!びっくりしただろ!・・・まあ、いいや、風呂入る。その後夕飯用意な!」
それでも妻がちゃんといた事に安堵したのか、いつもの調子を取り戻す。
高圧的に言い放った夫を一瞥しただけで、梨央は大きく伸びをした。服装はいつものルームウェアで、いつでもベッドで眠れる格好だ。
「どうぞ、ご自分で。お風呂も洗って自分で沸かして入ってね。」
「はあ!?何だと?風呂も沸いてないのか!?」
「だって生活費入ってこないんだもの。」
「な、なに!?」
「今日銀行行ったらあなたの口座にお金振り込まれてなかったの。だから、食費もないし光熱費も払えないでしょ。だから、出来ないの。そのくらいのこと、頭のいいあなたなら理解できるわよね?まさか、今月あなたのお給料が無給だとは夢にも思わなかったわぁ。」
「なっ・・・!お前だって働いてるんだろ!飯くらい作れんだろうが!!」
「所詮パートなんで。丈晴の保育料と食費で終わっちゃうわね。わたしやあなたの分までとてもとても。そのうちスマホも使えなくなるかもね。」
幸人が絶句している。
その驚いた顔を心の底では大笑いしながら、表面上は悲しそうな顔を作って。
「お腹空いたわ・・・。まあ、丈晴だけは食べさせたけど、親は大人だから我慢よね?これ以上カロリー消費したくないから、おやすみなさい☆」
そう告げると、梨央は見えないところで舌を出し、そのまま丈晴の寝ている部屋へ行ってしまった。
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