第16話 経済てろ

 近頃の夫の勤怠はどうなっているのだろうか。こんな早い時間に帰ってきて。ついこの間も、このくらいの時間に家にいた。在宅勤務と言う話も聞いていないので、梨央は首を傾げる。

「おかえりなさい。」

 声だけの挨拶をして、廊下で夫とすれ違う。目も合わせない。

「お前、さっきうちの前で男と抱き合ってただろう。見たんだからな。」

 まるで鬼の首でも取ったかのように、勝ち誇った顔の夫が振り返る。妻はそれにも関心を示さない。

「へえ、そうなの。」

「そんな平気な顔していられるのも今のうちだぞ!証拠に写真も撮ったんだからな!!慰謝料を請求してやる!お前もこの家から追い出してやるからな。」

「ふうん。」

 梨央の反応は素っ気ない。廊下を歩いてそのまま玄関へ向かう。息子のお迎えの時間なのだ。

「待てよ!このまま行けばお前はこの家を追い出されるんだぞ!慰謝料請求のおまけ付きだ。それでいいのか!?俺は本当にやるぞ!」

 夫も今日はやけに執拗だ。決定的現場を捉えたから興奮しているのだろうか。

「わたし、丈晴を迎えに行きたいの。その話、長くなる?」

 仕事から帰ってきて疲れているのに、これから幼稚園へ子供を迎えに行って夕食を作って洗濯物を取り込んで。やることがいっぱいなのだ。

 本来ならまだ会社にいるべき夫の幸人は、こんな時間に、自宅で一体何をしているのだろう?妻を追い詰めたくてここにいるのか?

 外で済ませればいいだろうと行ったのは、何処のどいつだったっけ。

 余りにも相手にされていないと気がついたのか、幸人が唖然として立ち尽くす。

 付き合いきれない梨央は、そのまま息子のお迎えに出かけてしまった。


 その月末、梨央は銀行でショックの余り腰を抜かすかと思った。

 夫の給与振込口座に、入金が全く無かったのだ。月末と言えば住宅ローンから光熱費や通信費など、この口座から全部引き落とされるのに、残高が1230円しかない。

 銀行の手違いやトラブルかと思い、夫の会社の総務に電話してしまった。

「ああ、本人の依頼で振込口座を変更したのです。だから、新しい口座へ給与は振り込まれます。新しい口座で入金をご確認下さい。」

 総務の窓口になってくれた女の子は懇切丁寧に教えてくれたのだ。

 そんな話は夫から聞いていない。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る