第15話 名残惜しい
「え、同居って。史帆は実家にいるんでしょ。」
「うん、まあ、そうなんだけどね。実は、会社が使っていたテナントが一つ空いてしまってね。売上でなくて撤退したんだけど、そのまま場所は事務所として使おうって話になっててさ。で、管理人として名乗りを上げたのが、あたしなんだよね。」
「そうなの?住めるんだ?」
「あたし多少実家に生活費支払ってるけど、それでもいつまでも親と同居ってのもさ〜。テナントっても、ちゃんと住居としても使えるんで、家賃折半して一緒に住む?」
「やだ、どうしよう。乗り気になっちゃうじゃないの。」
「あはは。まだ急がないから考えといて。」
妹が出した提案が、まさか本気ではないだろうけれど、嬉しかった。
だって、この家を逃げ出しても行き先があるかもしれないのだ。
そう思えるだけで、なんとなく、気が楽になるから。
連日のように真北が自宅の近くまで送ってくれる。
「いつもありがとう。もうここでいいですよ。また明日。」
軽く手を振って別れの挨拶をする梨央に、真北は両手を伸ばしてきた。ぎゅっと首を巻き閉めるようにハグする。
突然の行動に、驚愕の余り硬直してしまった。
「なっどっまきたさっんっ」
なんてことだろう、周囲に人影は無いとは言え、公衆の面前だ。誰が通りかかるかもわからないのに。
「ふふふ・・・梨央さん、可愛いね。」
ゆっくりと身体を離した真北が、ニコニコ笑いながら言うではないか。
「やめて下さいよ、からかうのは。もー、焦ったっ。」
顔が熱くて思わず手のひらで触ってしまう。年甲斐もなく赤面しているのだ。
「いーじゃないですか、このくらい。友達でもハグくらいするでしょ。」
「いや、駄目じゃないけど、でも」
「お別れするのが名残惜しいので。つい、ね。では、失礼します。」
軽く会釈すると、モデルはくるりと背を向けた。
その洗練された後ろ姿に見惚れつつも、梨央は手を振って自宅へ入っていく。自宅の窓から、真北が最寄りのバス停まで歩くのを見届けようと思い、バタバタと玄関を通る。さすがに今日は夫はいない。
通りに面した窓へ寄ってカーテンを開けると、小さくなる真北の背中が見えた。
うっとりとそれを見送っている時に、玄関の鍵が開いた音がする。
夫が帰ってきたのだ。
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