第13話 あやかりたい

 それからというもの、梨央の仕事の行き帰りには必ず真北が付き添うようになった。誰かに見られでもしたらどうする、と思ったそばから、

「どうぞ、遠慮なく見せて歩いてくださいね。俺は全くかまわないので。」

 などと先回りして真北に言われる始末。

 すらっとした若いイケメンを白昼堂々連れ歩いていれば、逆に怪しまれないのかもしれないとも考え直し、彼は親戚で同僚だということにした。

 職場のショッピングセンターには、息子の丈晴が通う家族だってよく遊びに来る。時折知り合いから声を掛けられることも有るから、誰に見られても仕方がない。

 そして、そのことが夫の耳に入るのに大した時間はかからなかった。

 真北が梨央の職場で一緒に働くようになって二週間ほど経つと、梨央は真北と出歩くのが嬉しくなる。やはりイケメンを連れて歩くのは気分がいいし、真北は口数は少ないがスマートで優しいから一緒にいるのは楽しい。さり気なく荷物を持ってくれたり車道側を歩くなどの、紳士的な行動も恍惚ものだ。夫の幸人にはない部分だった。

 本気で惚れてまうやろーと心の中で自重しつつ、自宅まで送ってくれた真北に手を振る。

 鼻歌を歌いながら自宅のドアを開くと、それまでの気分が吹っ飛んだ。

 玄関で仁王立ちしている幸人が、般若のような形相だったからだ。

「随分ご機嫌だな。丈晴はどうした。」

 口調が既に喧嘩腰だ。

 というか、なんでこんな早い時間に家にいるのだろう?仕事はどうしたのか?

「これから幼稚園にお迎えに行くのよ。どいてくれる?そんなところに立ってられると邪魔なんだけど。」

 もちろん、梨央だって負けない。

「子供をほっぽって男遊びしてるとはな、いいご身分だ。」

「へえ、そんないい身分があるのならあやかりたいものね。」

 夫が少しも動きそうにないので、梨央は諦めた。踵を返し、着替えないまま幼稚園のお迎えに行こうと、玄関の壁に吊るしてある車の鍵を手に取る。

「何処行くんだ!またさっきの男のところにいくのか!この浮気者が!尻軽女め!」

 眉根を寄せて苦笑いする。

 そんなわけがない。たった今、息子を幼稚園へ迎えに行くと、言ったばかりではないか。

「丈晴を迎えに行くんだって言ったでしょ?・・・それに、仮に浮気してようが尻軽だろうがあなたに関係無くない?外で済ませてこいって言ったのはあなたじゃないの。あんな酷いこと言ったくせに!忘れたなんて言わせないからね!」

 短く、しかし啖呵を切ったかのように強く言い放った。

 言われた瞬間、夫は顔色を無くしていた。二の句が告げなくなっている。

 そんな夫を玄関に置いてドアを閉めた梨央は、軽く鼻を鳴らした。


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