第3話 動き出す

 ふと、ショッピングセンターの大きな窓ガラスを見つめると、疲れたおばさんがそこにいる。透き通るガラスの向こうには、着飾ったマネキンが流行のファッションでポーズを取っているというのに。

 丈晴を産んでからというもの子供との日常に振り回されて、自分をかまってやる余裕がなかった。幸人と結婚するまでは、梨央だってそれなりに着飾ることの好きな、若い娘だったのはずだ。あの頃は、自分にも、彼氏だった幸人にも思い切り手を掛けてやる余裕があった。

 いつから梨央は、切りっぱなしの髪と化粧っ気のない顔の、機能重視な服装のおばさんになったのだろう。

 同じ年のモデルや女優を見れば、とても同じ人間とは思えない。どうすればあんなにも若く美しく輝いていられるのだろう。自分との違いを思い知らされとことん凹んでしまう。だから見るのがいやになってしまい、丈晴と一緒に幼児番組ばかり見るようになった。

 エントランスの脇に、小さなブラックボードが置いてある。そのロゴに見覚えが有った。何故、ここで足を止めてしまったのかわかる気がした。

 求人の広告が貼られている。

 丈晴が幼稚園に言っている間だけでも、働けたらいいのに、と思い始めていた。

 だが、ショップ店員ならば、土日は休めないだろう。

 職種は問わないから、働きたい。家の外へ出たい。そう渇望していたけれど、勤務先に迷惑をかけるような働き方は出来ない。

「いらっしゃいませ。・・・もしかして、興味がありますか?」

 明るい、優しそうな声が背後から聞こえた。

 振り返れば、マネキンが着ている服と色違いの装いで立っている女性がいる。

 声のままに優しそうで明るい表情の女性だ。綺麗に整えられた外見は、とても輝いている。そう、メディアに登場する女性たちのように。

「勤務時間や日程は相談に乗りますよ?」



 その夜、酔っ払って帰ってきた夫の幸人に水のコップ運んでやった。酒臭い息をそこら中に振りまく夫に、嫌悪感を感じながらも、梨央は世話を焼く。

「遅くまでお疲れ様。お風呂はもういいかしらね。」

「ああ。もう寝る。今夜は〜、楽しかった〜。お前も寝ていいぞ〜。」

 今夜は気分のいいお酒だったのか、大層ご機嫌だ。

 丁度良い。梨央は思い切って話しかけた。

「わたし、来週から働きに出ようと思うのだけど、いいかしら。」

「おー、いいぞ〜。働け〜働け〜。家のことも手抜きするなよ〜。」

 よし、言質を取ったぞ、と思った。


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