第2話 何度話しても
幸人の機嫌な良さそうなところを見計らって、話し合いと言う名の交渉をする。
「少しは丈晴と遊んであげたら?」
「俺は忙しい。家事と育児はお前の仕事だろ。俺は働いてちゃんとお前と子供を生活させている。何が不満なんだ。」
そういう事を言っているのではない。
生活費が足りないなんて言っていない。親子の触れ合いが無いと訴えているのだ。足りないのではない、無いのだから。
「前はそんなに冷たい人じゃなかったのに。」
余りに態度が豹変したことについて問うと、
「人は変わるもんだよ。お前だって出産前とは雲泥の差だ。」
そう言ってうひゃうひゃと嘲笑った。
当然ではないか。梨央は母親になったのだ。変わらないほうがおかしい。
それに比べて夫はどうだろう。丈晴が出来る前とどれほどの生活の変化が有ると言うのだ。到底父親になったとは思えない態度に、不満を募らせる。
丈晴を連れて夫の義実家へ行った時、義父母に夫が全然家にいないことを訴えた。
「男はそんなものだから。ちゃんと働いて生活させてくれているんだからそれでいいじゃないの。」
義母の意見はまるで夫と同じだった。
「子供と生活しながら、実家を頼ったり近所の人や友達と仲良くして、なんとかやっていけるものなのよ。梨央さんだってそうすればいいじゃないの。」
友達などいない。夫の都合で知り合いが一人もいない土地へ、夫の転勤のために連れてこられた。
都心に近い梨央の実家は新幹線で三時間はかかる。頼れるものではない。
マンションぐらしに近所付き合いなど皆無だ。
「それは梨央さんが自分から行かないからいけないんだわ。」
義母の時代とは何もかもが違う。喉まで出かかった言葉を飲み込む。何を言っても無駄だ。丈晴の事は可愛がるが、だからと言ってどこかへ遊びに連れて行くわけでも、お守りをしてくれるわけでもない。五歳の初節句でさえ、お祝いをしてくれなかったのだから。義両親は、大事な跡取りと言っている割にお金や手間はかけない。
このままではどんどん孤立して、おかしくなってしまう。
育児ノイローゼ、という言葉が頭に浮かんだ。
実家の母親に電話したけれど、何が出来るわけでもない。愚痴は聞いてくれるが、度重なれば、実母だって嫌になるだろう。
まだ独身の妹に話しても、きっとわかっては貰えない。5歳下の妹は都心のアパレル会社に勤務している。自分とは違い、外見は派手だが、自立した考えの持ち主だ。梨央のように周囲や年齢を気にして結婚するような考えはない。
唯一身近な家族である夫に理解してもらえないのであれば、梨央は一体誰に頼ればいいのだろうか。
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