また明日、ね

少女は突然、ぽつんと呟いた。リクの心臓が、ドクンと揺れた。


「・・・は・・?・・・・いや、まだだろ・・・?・・・ほら・・、お前、元気になったんじゃねーか・・・」


リクはたじろいた。しかし本当は、返事は聞かずとも分かっていた。

廃れそうな桜の木が、まるで少女の運命を・・・そう、物語っていると思ったからだ。



「・・・最後の花が散った時・・・あたしは、ここにはいられなくなる。

もう人間の世界での役目は、終わるの。


精の世界に帰って、次に桜の精になる子供達を、教育する番なんだ。そうして、ずっとそっちで暮らすの。

・・・人間の世界の桜には・・・もう、戻れないんだもの。」


そう話す少女の唇は、微笑みを保ちながらも震えた。

目はしばたかれ、瞳はわずかに、涙で光る。

そしてわずかな沈黙の末、それはいっきに瞳から流れ出した。


「リク君・・!あたしとお友達になってくれて・・・本当にありがとう!

あたしきっと、誰よりも幸せな、桜の精だった!」


(・・や・・・めろ・・)


「・・そんなん・・・聞きたくねぇよ。

お前、まだここにいんじゃねぇか!元気になったんじゃねぇか!


・・・お前、桜の精なんだろ・・・?

ほら、またアレやってくれよ!

桜出して、木に投げれば・・・また桜咲くんだろ・・・?!」


リクは少女の両肩を掴んだ。必死だった。


「できないよ・・・!そんな力、もうない!そんなことしたら、私消えちゃう!

・・・自然の命は、自然に逆らえないもの・・・!」



ヒラッ・・・



二人の間に、桜の花がふわりと落ちてきた。

リクは桜の木を見上げた。


(・・・頑張れよ・・!頼むよ・・・!花、落としてんじゃねぇよ・・・・!)


少女の涙は、ぽろぽろと頬を伝う。

リクは静かに花をつまむと、そっと少女の髪に挿してみた。

きっと、世の中のどんな女の子より、似合うと思った。



「・・・・あのよ、・・・」



リクは深呼吸をしてから、静かに言った。

少女は涙を拭うと、リクを見つめて瞬きを繰り返した。




「・・・・・好きだ」


リクはついに、その一言を伝えた。それ以上の言葉は、ないと思った。


「オレ言ったよな?友達は、手なんか繋がないって。・・・友達は、抱きしめたりもしねー。

・・・それは、恋人がすること、なんだよ」



目は、そらさなかった。照れ臭いとか、そんなものは邪魔だった。

少女は目をぱちくりさせると、もう一度涙を拭ってニコッと笑った。



「・・・じゃあ、あたし達は恋人なのね・・?」

「・・・なんつーか・・・お前となら友達より、そっちのがいい・・・オレは」

「・・・嬉しい!・・・あたしも、それがいいな!

あたしも・・・リク君の、恋人になりたいな」


リクは、握った少女の肩を引き寄せた。その全てが、何より愛しかった。


リクは両手を少女の顔に回すと、静かに・・壊れぬように、自分の顔と近づけた。



互いの唇から唇へと、その愛は流れた。リクはその日も、夕方になるまで裏門を離れなかった。

その間にも、桜の花は散っていった。



「じゃ、明日学校だしそろそろ行くわ。さすがに腹減ったし」


本当は、色あせて行く少女を置いてなど、行きたくなかった。


「また明日、早く来るからさ!・・あ、明日から部活の朝練始まるらしーから、ちょいちょい早く人いるかもだけど・・。

ま、俺いつも通り来っからよ」


「・・うん」


少女は、握っていたリクの手を離すと、リクは立ち上がった。少女は、その姿を素直に見送った。


「また明日ね!」

少女はお決まりのように、口にした。

リクは手を振りかえすと、置き去りだったバイクに跨がった。



家に帰ると、母親に心配されるとも思ったが、リクが遊び回って帰らないことには、慣れていたようだ。


「お帰り。またハル君達とふらふらしてたの?・・・あらリク、顔色悪いじゃない!」


それだけ言うと、母親はリクを引き寄せて、その手をリクの額にくっつけた。


「熱いじゃないの!」

「ヘーキだよ」


リクは母親の手を引っぱがした。


「ご飯あるから食べて、もう静かに寝てなさい」

「おー」


リクはのろのろと家に入って行った。


少女は桜の木に寄り掛かって座り、昨日と打って変わって美しい夜空を見上げていた。


少女の上では、数えるほどの桜の花が、夜風に揺れていた。

もう、そろそろだと少女は感じていた。



(・・・リク君・・。


ありがとう。何度もあたしを救ってくれて。


本当はもっと、色んなリク君といたかった。


学校の中にいるリク君、お友達といるリク君、お家にいるリク君・・・


あたしが本物の人間だったら・・・それも叶ったかもしれないね・・・。



リク君、どうか忘れないで下さい。桜が散っても、あたしが消えても、どうか忘れないで下さい・・。

きっと、桜は来年の春、また咲きます。

今度は別の精が、住まうでしょう。



もう、あたしの姿は保てそうにないや。




ありがとう、来てくれて。

ありがとう、その大きな手で抱きしめてくれて。

人間がとても暖かくて強いってこと、あたしは知ることができたよ。



・・・"好き"と、言ってくれてありがとう。

あたしも、どんな人間よりもリク君が大好き。)




少女の姿は月明かりに照らされ、キラキラと輝きだした。

潤んだ瞳からは、涙は流れなかった。そうしまいと、少女は心に決めていた。



(リク君、あたしはー・・・・






あなたと出会えて

幸せでした )



「・・・また明日、ね」



そう呟き残すと、少女の姿は夜風に消えていった。

後には、寂しげに桜の木だけが残った。



次の日、リクはいつもより少しだけ早く、学校に着いた。

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