この手に落ちてくれ
リクは、少女のいない裏門へ到着した。
「・・・あ・・・?・・え?・・・・どこ行ったんだよ・・・?」
木の裏を覗いてみても、少女の姿がなかった。
リクは、瞬時に理解した。木に咲く桜は、わずか3つしか残っていない。
「・・・い・・・行ったのか・・・?」
リクは棒立ちになった。頭に心が追いつかない。
桜を見上げたら、まるで少女の笑顔が降ってくるようだった。風が、声を運ぶようだった。
「・・・・んだよ・・・!!」
リクは幹に両手をかけると、その場に座りこんだ。耐えられない苦痛が襲ってきた。
雨風にさらされていた方が、何百倍もましだと思った。
夢なら、覚めてほしかった。
・・・いや、もしかしたら、少女といたこと自体が、夢だったのかもしれない。とさえ思う。
「・・・早えーよ・・・・!」
桜との出会いは早かった。そして、別れは、もっと早かった。
その日、リクはしばらく保健室に居座った。
2時間目が終わるまで、保健室のベッドで俯せていた。
「リク、どうしたのよ。珍しいじゃない。・・・何かあったんでしょ」
女の保健医は、若いくせに母親のような雰囲気がある。かれこれ2時間、黙ってリクを寝かせていたが、ようやく話しかけていた。
「・・・んー・・・なんでわかんの」
リクの声は、聞き取れない程に生気がなかった。
「分かるよ、だってリクは極度に落ち込まない限り、保健室には来ないじゃない。・・・そうよ、怪我したってこないのに。
一年の時、先輩と殴り合って問題になった時、来た以来じゃないの」
保健医は時に、カウンセラーのような役割を果たす。どこの学校も、そんなものだろうか。
「・・あれは・・・アイツが悪かったんだよ・・
アイツの彼女が俺に告ってきたからって、そんなん俺のせいじゃねーし・・
つーかてめぇの女なんか、きょーみねーって言ってやったしよ・・・」
リクは枕に顔を埋めたまま、ぼそぼそ言った。
「あの時だって、昌秋君が止めてなかったら、二人共顔面骨折でもおこしてたわよ」
「アイツが折れりゃよかったんだよ」
「まったく・・・女の子達、よくここでリクの話ししてたのよ?
先輩からも人気だったんじゃない。
そんな邪険にしてたんじゃあ、世の女も近づかないわよ?」
「・・・ ・・・」
キーンコーン カーンコーン・・・
「あら、もう3時間目始まっちゃった。ほら、しっかり行きなさいよ、リク」
リクはむくりと起き上がると、ボサボサの髪を掻き回した。
「・・・誰かれ構わず突き放してるわけじゃねーよ・・
俺だって、好きな女くらいできるよ」
リクはベッドから下りると、のたのたと戸口に向かった。保健医はイスを回すと、そんなリクの背を見つめた。
「・・・じゃー・・行くわ。心配あんがと、さっちゃん」
・・・バタン。
リクは3時間目の数学に、出席した。数学は担任の弥白 みくる。
リクがのろのろと教室に入ってきて、崩れるように席に着くのを、授業をしながら黙って目で追った。
いつもなら遅いと一喝飛ばすはずだが、リクの様子がおかしいのが分かり、何も言わなかった。
その代わり、教室の端からハルが大声をかけてきたが、リクは返事する気にもなれなかった。
「よって、XにAで出した答えを代入するとー・・・」
「ミルクー、ちょいどいて~邪魔~。黒板見えねー」
「邪魔って何よ。ハル、あんたその姿勢やめなさいよ。背骨曲がるわよ」
リクの席から裏門が見える。リクは呆然と、意識があるかないかの最中で、裏門を見つめていた。
どこかのクラスが、体育でサッカーをしている。青のジャージは、三年生だ。裏門から繋がる校庭に、その姿が見えた。
すると、突如数名の男子生徒らが、裏門に走ってきた。
(・・・・)
リクが黙って見つめていると、なんと。
彼等は一直線に桜の木へ向かい、リクの見ている中で木を蹴っとばし始めたではないか。
(・・・?!)
リクはむくっと起き上がった。
どうやら、サッカーボールが桜の木に乗ってしまったらしい。ボールを落とそうと、数名が幹を蹴り出したのだ。
リクの頭に、かっと血が上った。桜の花は残り3つだったのだ。それなのに、あんなに衝撃を加えたらー・・
「・・・ざっけんなよ・・・・」
リクはつぶやくと、机を薙ぎ倒す勢いで立ち上がった。みくるが授業を止めた。
「・・・リク・・・?」
「・・・わりぃ・・・ミルク頼む、ちょい行かせて・・!」
リクは返事も聞かず、教室を飛び出した。
階段は、数段飛ばしてジャンプした。
(・・・あいつら・・・何してやがんだよ・・・!ふざけんな・・!!)
リクは上履きのまま、裏門に飛び出した。
「取れねーじゃんよ・・・」
「まじ変なとこにはさまっちったなー・・・」
「ユウ、タックルでもしろよ」
「よっ、ラグビー部部長!木折んなよ~」
リクは全速力で三年生に近づくと、三人の生徒は振り向いた。
「・・あ・・?あいつ、二年の青烏リクじゃね?・・」
リクは何事かと見つめる三年生の前まで行くと、その一人に掴みかかった。
「何してんだよてめえら!!ぁあ!?」
残りの二人が、慌ててリクの両手を引っ張った。リクはそれを振りほどくと、片方の生徒をぶん殴った。
「なん・・・なんだよいきなり・・・!」
大して目立たないような、三年生組だ。突然のリクの暴走に、三年生は手が付けられないまま固まった。
「てめえら・・・何蹴ってんだよ・・・・この木・・・何だと思ってやがんだよ!!ぁあ!?いっぺんそのクソ面殴ってやんぞ!!」
三年生組は、狂気じみたリクの迫力に、怯えたように言葉を失った。
"・・・・リク君・・"
(・・・!?)
リクは殴ろうとした手を止めた。
・・・そんなわけ、ない。聞こえるはずもない少女の声が、聞こえたような気がした。
「・・・・!」
リクは急に怒りが消えたように、桜の木を見上げて立ち尽くした。三年生は、その間に一目散に走り去った。
桜の花が、残りたった一つになっていた。
たった一つの花が、風に吹かれながらも、決して落ちまいと必死にしがみついているようだ。
"リク君・・・・手を開いて。
あなたはその手で・・・あたしを抱いてくれたじゃない・・・・今、少し、怖かった・・・。
お願い、その手開いて・・・
もう一度・・・あたしを、抱いてくれないかな・・・?"
リクは桜の花に見入った。世界が飛んだ。気のせいではない。確かに、桜の声が聞こえた。
リクは、ゆっくりと拳の力をぬいた。
「・・・・あぁ・・・ごめん・・。
・・・来いよ・・・もう一回」
リクは両手で器を作ると、その腕を花の下へ伸ばした。桜の花が、危なく揺れる。
・・・・・なぁ、お前。頑張ったな。もう、力抜いていいんだぜ。俺が下にいるから。
だから
だから、もし今、その全てを終わらせて
地に落ちるというのならー・・・・・
どうか、
どうか・・・・
・・・・どうか今ー・・・
この手に落ちてくれ
-END-
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