最後かもしれないね

そこには、絶望的な光景が待ち構えていた。

リクの全身から、血の気が一気に引いた。


桜の木は、灰色の世界でただ黙って、傷ついていた。

桜の花など、見るに耐えない。

わずかに花があるも、枝はその姿をさらけ出していた。



(・・・!!)



がむしゃらな気持ちで、裏門をよじ登った。

転がるように飛び降りると、向こうの地面に倒れている、少女の姿が目に飛び込んだ。



「おい!!」



リクは駆け出した。

地面には小枝も散らばり、土はぬかるんでいた。


「大丈夫かよ!!おい!!オレだよ!!」



少女のそばにたどり着くと、ぐったりとしたその体を抱き、顔を確認した。

真っ白な顔は、まるで人形のように固まっていた。



「・・・やめろ・・・・嘘だろーが・・・・・・!」



リクは少女の顔にかかる髪を払いのけた。

小さな顔は冷たい。


「おい!・・・おい・・!」



どうすべきかが、分からなかった。リクは少女の体を揺すった。

リクの腕の中で、まるで壊れてしまいそうな小さな少女は、されるがままに揺らされた。



「・・・ぉぃ・・・・頑張れよ・・・!桜の花も・・まだ残ってんじゃねーか・・・!

桜の木だって・・・頑張ってんじゃねーかよ・・!」



リクは、温めるように少女を抱いた。

リク自身もびしょ濡れだった。

心臓の鼓動だけが、少女に伝わる。



「・・!?」


リクははっとした。

少女のか細い手が、ぴくっと動いたのだ。

リクはもう一度、少女の顔を確かめた。


・・・微笑んでいた。

目は閉じられたまま、小さな唇が、静かに笑う。



「・・・ク・・・ん」

「・・・・・え・・?・・・聞こえねーよ・・!」

「リク・・・くん」



少女の冷たい手が持ち上げられると、リクの頬にぴたっと張り付いた。


リクの全身からは、力が抜け落ちた。


・・・・生きてる。




「ん・・・だよ・・・・よかった・・・!!」



そのうち少女は、ゆっくり目を開いた。丸い目はしばしばと、リクを見上げた。

リクは締め付けられる心臓を落ち着けようと、大きく深呼吸をした。



「・・・めっちゃ心配した・・・・」

「・・・・ぇへへ・・大丈夫・・・・だよ・・」



少女は小さく笑った。

リクの心臓は再び締め付けられた。


(・・・なんで・・・こいつは・・・笑うんだよ・・・こんな時でも・・・!)



「大丈夫じゃねーだろが・・!こんなんなって!」



今は、大好きな少女の笑顔は見たくなかった。

リクはもう一度、強く少女を抱き寄せた。


「・・・大変だったろ・・こんな中・・。

寒かったんだろ・・・桜も、こんななってるしよ・・・・」

「・・・ふふ・・・・・あったかい」



少女の両手は、リクの背中に回された。



「止むまで、ここにいてやっからよ・・・」



暴風雨の、裏門。誰も見ることのない二人。

寒さが限界に達しながらも、リクはずっと少女の側を離れなかった。




それから何時間もかけて、雨風は徐々に落ち着いていった。

リクの腕の中、少女は少し回復を見せていたが、今度はリクの意識がもうろうとしていた。



当然だった。体力には自信があったが、暴風雨に5時間も6時間も当たっていれば、その体力も奪われる。


少女は時々気遣って、顔や頭を撫でてくれた。

そんな時は逆に、リクが慰められるようだった。



「・・・リク君。・・・人間って・・・・強いのね」

「・・・・へっ」



リクは小さく笑った。

言葉を発するほど、力はなかった。


そのまま、二人はいつの間にか眠っていた。

夕方になれば風はおさまり、雨は真夜中頃に止んだ。





チュン チュン・・・・





鳥の泣き声で、リクは眠りから引き戻った。



「へっ・・・クシュン!」



リクは目を開けて、いつの間にか朝をむかえていたことを、理解した。



「・・・あ・・?」



そしてすぐに気がついた。腕の中に、少女の姿がないことに。

また自分の体が、地面でない何かに包まれていることにも。


「おはよう」



少女の声が、リクのすぐ上で聞こえた。

リクは横たわったまま、上を見上げる。

少女が、静かにリクを見下ろしていた。



「おっ、おー・・・びっくりした・・・」



リクが少女を抱いていたように、今度は少女が、そのひざの腕にリクを乗せ、細い腕で抱きしめていた。



「・・・具合・・・どーだよ?・・・・ックシュン!!

・・・おー・・やべー・・・ぜってー風邪引いた・・」


リクはボーッとする頭を押さえて、むっくり起き上がった。



「あたしは、具合いいよ。リク君がいてくれたもん」



そう微笑む少女の体は、既に乾いているようだ。

疲れたように顔色は悪かったが、それでも幾分元気そうに見えた。



リクはぶるっと体を震わせた。全身水が滴る体に、早朝の空気はよくしみた。



「・・桜・・・ずいぶん散っちゃったのな・・・・」

「・・・・うん・・・・・」



数えるほどしか、花は残っていなかった。



「リク君・・・・。私達・・・もう、最後かもしれないね」

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