桜の木下で揺れ動く
「・・・あのさ」
沈黙ができる前に、リクは話しを切り出す。
「ん?」
「こんな雨ん中、何やってたんだよ?ずぶ濡れじゃねーの」
髪の毛は顔に張り付き、赤い靴は濡れて色が変わっている。
それでも少女は相変わらず、丸い目をしばたかせて、笑顔のまま。
「大丈夫、すぐ吸っちゃうから」
「吸うって何だよ、吸うって」
少女のひょんな答えに、リクは笑った。
(・・・そうか、なんだよ、分かった気する)
リクは自分の心中を理解した。
何故、こんな風変わりな少女の横で、自分は座っているのか。
裏門を気にして、バイクを下りて、声をかけた。
・・・何故って、面白いからだ。
「あたし、桜の精って言ったよね?信じてもらえなかったけど。
桜は、雨もすぐ吸収しちゃうの」
少女はそう答えると、頭上で咲き乱れる桜を見上げた。
リクはそんな少女を真横で見て、ふと気がついた。
・・・少女の瞳の中に、桜模様がある。
「ちょ、こっち向いて」
少女は桜から目を離して、リクの目をまっすぐ見た。
「・・・お前、それカラコン?」
「え?」
「目のガラだよ」
リクはぐっと少女に顔を近づけた。
茶色の瞳の真ん中に、桜の花がうっすらと見える。
「・・・桜、見えっけど」
少女はふふっと微笑む。
「だってあたし、桜の精だもん」
リクはぽかんと口を開けたまま、少女の瞳に見入った。
何と返事すべきかは、分からない。
ばっかじゃねーの、とか言う言葉は、口にできなかった。
「ね、特別に見せてあげる。リク君、来てくれたから」
「何を?」
「見ててね。桜の精の力だよ」
少女はそう前置きすると、小さくて細い両手を、水をすくうかのような形を作った。
リクは頭にハテナを浮かべつつ、黙ってその手を見つめる。
次の瞬間、少女の両手から湧き出るように、桜の花びらがワサッと出現した。
開いた口が塞がらないリクの前で、花びらはこんもりと両手を隠すほどに、山になった。
昨日も確か、こんな光景を見た後に、桜をもらったんだっけ。
「すっげーな、何のマジックだよ!?」
「もう!どうして信じてくれないの?マジックなんかじゃないもん!」
そう答える以外なかったリクに、少女は憤慨する。
「こんなことだって、出来るんだよ」
今度は花びらを持ったまま、すくっと立ち上がった。
「そーれっ」
少女は、両手にいっぱいの桜を、思いきり天に向かって投げた。
かかとが、ひょこっと浮いた。
リクが見上げる前で、花びらは宙を昇って行くと・・・なんと、まさか。
桜の木に吸い付くように、張り付き始めたではないか。
「・・・すっ・・・げぇ・・・」
リクは思わず感嘆した。
張り付いた花びらは、桜の木の一部になって咲いた。
少女は、得意げにリクを見下ろす。
・・・・本物だ、とリクは思った。
どうやら、信じるとか信じないとか、そういう話しではないらしい。
雨の雫はリクの顔を伝う。感覚は本物、目の前の現実は、否定できないのだから・・・。
「・・・お前、すげーのな」
リクは真面目に言った。
照れたように笑う少女の頬は、桜のようなほんのりしたピンクに染まる。
「ありがとう。ね、もう一回、お願いするね。あたしと、お友達になってくれないかな?」
リクは暖かい気持ちに包まれた。少女の存在を認めたら、リクの中で少女の印象が、確かに変わった。
「えー、オレと友達になりたいわけ?どーすっかなぁ・・・」
リクがわざと考えこむと、立っていた少女はちょこんとしゃがむ。
困った顔は、なんとも愛らしかった。
「ね、お願い」
「・・・しゃーねーなー」
リクは片口を上げ答えた。
その時の、少女の喜び様ったら。
まるで、一年中のテストが取りやめになったかのような・・・
いや、宝くじで一等でも当たったかのような・・・
大袈裟なまでの喜びっぷりだった。
「ぃやったー!ありがとう!!リク君ありがとう!!あたし達、お友達ね!?」
あんまり嬉しそうにするものだら、リクは何かすごい良いことをしたかのような、そんな気持ちにすらなった。
「友達、いなかったのか?」
「桜はみんなお友達。でも、どうしても人間のお友達が欲しかったの。一人でいいんだ。
一緒にお話しをして、手を繋いで、沢山笑ってね。
「桜が綺麗だね」って言ってくれたら、ありがとうって言いたかった。
だから、桜の大精霊様にお願いしたの。
あたしに人間の姿を下さいって。
大精霊様はすごい方なんだよ。
だけど、人間の姿になっても、条件があった。
姿は見えようが、あたしはこの木の桜の精。
この桜の木からは、数メートルも離れられないの」
リクは黙って聞いていたが、まるで何かのお伽話でも、聞いているかのような話だと思った。
「・・・んー、まぁ分かった。・・で、なんでオレを選んだわけ?」
1番聞きたかったことを、リクはさりげなく聞いてみた。
「女子だっていっぱいいるし、オレよりもっと・・・なんつーか、優しそーなヤツはいっぱいいんだろ?」
少女は、口をつぐんで数秒考えた。
「だって、いいなって思ったから」
なんとも簡単な、答えであった。
リクは、はっと笑った。
「・・・本当、ウケんな、お前って」
雨が、だんだんと止みはじめた。空が少しだけ、明るくなってくる。
そんな、静かな裏門の、桜の木の下。
少女は突然、言い出した。
「ね、手繋いでみてもいいかな?」
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