その日は、雨だった

次の日の祝日、外は雨だった。

バイクでひとっ走り、なんて考えていたリクは、予定を変更。

珍しく家にいて、昼間は散らかった部屋を片付けることに決めた。



積み上げていたCDが、雪崩の如く崩れたのをまず直す。

それから、テーブルに残っていたスナックを、口に放り込んだ。



そのスナックの横には、部屋に似合わず桜の花がぽつんと置かれていた。



ドンドンッ



「兄ちゃーん」



突如、ノックと共に弟の声がした。


「あのさー、ちょっと算数見てよー」



返事をする前に戸はガチャリと開かれ、中学に上がったばかりの柳星(ヤナセ)が、顔を覗かせた。


まだ可愛いげのある顔だが、突っ立った髪型は兄にそっくりだ。



(また勝手に俺のワックス使ったろ、ぜってー)


リクはそんなことをちらりと思いつつ、弟を招き入れた。



「聞いてよ、明日いきなりテストだってよ?

中学って順位でるし、30点以下は居残りだって!オレ、算数が1番やばいよ」


柳星は、嘆きながら算数の教科書とノート、シャープペンをテーブルに広げる。



「あのな、オレに勉強聞くなよ」



そう言いつつも、リクは懐かしい教科書を覗きこんだ。


「どれが分かんねんだよ」

「文章問題!これとか、意味不明すぎ!」


「あー?お前こんなんわかんなかったら、数学始まったらどーすんだよ」



リクは馬鹿にしたように声を張り上げ、シャープペンを取ってノートを引き寄せた。


「これはよー・・・


・・・・ちょい待てよ・・・・

これはつまりさー・・・・」


リクの思考回路が、道路工事のように止められた。



「・・・・・・・わかんねーわ」


「え゙ー!」



柳星は絶句する。


「だってこれ小学生の問題だよ!?兄ちゃんやばいよ!」

「うっせーよ、教わる側が偉そうにすんな!だったら親父ん所にでも行けよ」



兄弟が勉強を教えるのは、大抵うまくはいかない。

しかし今日は、口論が始まる前に、下から母親の声がかかった。



「リクー、お願いがあるんだけどー」



母親のお願いは、だいたいいつも買い出しだ。

免許のない母親は、バイクを乗りこなすリクに、よく買い出しを頼む。

お釣りはもらうという条件で、いつもリクはそれを引き受けていた。

雨だからと外出を止めたはずが、結局ひとっ走りすることになってしまった。




「はーぁ、またかよ。・・柳星、部屋戻れ」

「ちぇっ、母さんに教わるからいーし!」



二人はそれぞれ荷物を持つと、一階へ下りて行った。



今日に限って、頼まれた買い出し先が、学校の側のスーパーだなんて・・・

偶然だったのだろうか。


"明日もここにいる"そう話した少女の姿を、頭を振って払いのけると、リクは庭に止めてあった黒いバイクにまたがった。


外は肌寒く、冷たい雨が降り続いていた。




道行く人も少ない中、花屋やペットショップを通り過ぎる。


雨避けのために被ったヘルメットが、慣れないせいか邪魔くさい。



(・・・カボチャ・・・茶ずけ・・・・・・マヨネーズ・・・・)



頭の中で買う物リストを復唱していると、学校の裏門が近づいてきた。


(・・・まさかな)



リクは、少しでも少女を気にする自分を否定しようと、裏門は見ないと決めた。


しかし、いざ裏門の横を通る時、好奇心は自制心に打ち勝ってしまった。

どうせ、あの少女いるはずない。

ちらりと、横目で裏門を見る。

ほーら、いないじゃん。と、思いたかったのだ。

しかし・・・




リクは思わず、急ブレーキをかけてしまった。

雨に負けじと佇む桜の下、昨日の少女は傘をさすでもなく、そこにいた。


それも、何やら嬉しそうに、くるくると回ったり跳ねたりしている。



「・・・・ ・・・」



もちろん、関わらずに通り過ぎることが、無難な選択だったのかもしれない。

しかしリクは、少女のあまりの不思議さに、ショックを受けていた。



「・・・何・・・やってんだよ、まじ」



誰もいない学校、閉められた門の向こう、少女はまるで水浴びをするかのように踊っている。


その姿は何故か、見る者をくぎづけた。

"変な人"以上の何かが、少女から感じ取れてならない。



リクは自分でもよく分からぬまま、バイクを下りてヘルメットを取った。


冷たい雨が降り注ぐ。



ピシャ・・・ピシャッ



リクは、一歩一歩近づいていった。

門に手をかけ、よじ登る。飛び降りる際には、水溜まりを足で散らした。




「~♪~~♪」



可愛らしい鼻歌が聞こえる。


(歌ってんのか・・・?)




雨にはしゃぐ少女は、リクがすぐそばまで近づいても、すぐには気がつかなかった。



「・・・おい」


ザーッ・・・



「おいっ」



少女は歌と踊りを止めた。



「わぁ、びっくりした!マサキ君!来てくれたんだね!」


「は?」

(・・・誰だ?)



「昨日、お名前教えてくれなかったでしょ?

だから、考えてみたの。マサキ君でいいかな?」


リクは思わず、笑いそうになった。何だ、ソレ。



「勝手すぎだろ。全然ちげーし。・・・リクだよ、名前」



少女のびしょ濡れの顔に、笑顔が広がる。


「リク君ね!なんて素敵なの・・」

「・・・あ?別にフツーだろ」

「ううん、名前があるってだけで、とっても素敵!」



少女は嬉しそうに、突然小さな手でリクの手を取った。



「ね、ちょっとおしゃべりしよう?」



少女はリクをぐいっと引っ張ると、桜の木の下へ連れて行った。



リクの内心は、混乱していた。

何故自分は、バイクを止めたのだろう。何故自分は、少女に話しかけたのだろう。

よく、分からなかった。


ただ、まるで別の世界の住民のような少女に、どういうわけか無意識に、惹かれてしまったのは確か。



・・・近寄る女も蹴散らす不良が。聞いて呆れる。



リクは、少女と共に桜の木の幹に腰掛けた。

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