中編
「……え、今殿下何とおっしゃいました?」
「我々の理想の姿であるエイダ様に、もしや、容姿の点で殿下はけなされたのか?」
「嗚呼何ってこと!」
「え、もしや、豚を…… 豚を、貶めるための言葉に使っていた?」
「な、何ってこと……」
「まあ! 腕に付けているのは鶏ガラの様な女ですのよ!」
「殿下御自身もずいぶんと貧相な身体をなさっているが、また何故更に貧相で骨が見える様な男爵の娘を……」
食事の手を止めてまで、皆の囁きが漏れます。
一斉に自分に向かった視線に、殿下とその横に居た鶏ガラはびく、と身をすくませました。
「……どうしたのだ? 珍しく騒がしいの」
重厚な低い声を響かせて、今夜の夜会の主催である国王王妃両陛下がご臨席になりました。
「今日は、サリュートの帰国及び成人及び、王太子の発表を兼ねたこの祝宴に皆よく参った。しかし何なのだ? 今日は特に、特に! 料理長が腕を振るったというのに、皆手を止めて……」
「陛下、今、婚約破棄とか、私の耳には聞こえましたが?」
王妃様がやはり深く甘い声で陛下に告げる。
「は? 婚約破棄? 何だ? このめでたい席で」
「父上!」
陛下の言葉を遮る様にサリュート殿下は声を張り上げます。
ですがやはり、……何処か軽いですねえ。
「何だ? サリュート。お前がこの状況の原因だというのか? 婚約破棄だと? お前が言い出したのか?」
はい! と殿下は得意げな顔になって陛下の前にすっくと近付きました。
「はい、自分はエイダ・マルマルスティーン侯爵令嬢と婚約破棄し、このアリス・カモナ男爵令嬢と結婚したいのです。この豚の様に醜く意地悪な女には我慢な」
「……やはり国外に留学させるのではなかったな」
殿下の言葉を陛下は遮りました。
「え?」
「確かに儂は其方の見聞を広げるためと思って十歳の時から国外を回らせ、この十年勉強してきたはずだな」
「はい! そして自分は気付きました! この国の民はあまりにもぶくぶくと豚の様に太りすぎていると! それ故に他国からは……!」
「黙れ」
おごそかな声が周囲に広がります。
「其方は今、豚の様にぶくぶくと太りすぎている、という意味のことを申したな」
「はい……? それが、何か」
ああ。
本当にお忘れになっていらっしゃるのね。
我が国では豚は神聖な、我々の血となり肉となる高貴なる動物です。
「かつて、建国当初の我が国は、地が痩せ気候も甚だしく移り変わり、常に民は食べることに事欠いていた。その状況を一転させてくれたのが豚だ」
「は、はあ…… それは? そうですが?」
「よって我が国では、豚は神聖なる生き物、我々はいつどんな時に飢餓に襲われる様な自然の驚異にさらされた時にでも生き残れる様に、常に身体に脂肪を貯めておくことは皆よく判っていること」
「し、しかしそれは他の国では」
「他の国は他の国、無論自然環境が元々温暖で過ごしやすい国であれば、その様なことは考えずとも済むであろう。だが我が国はそうではない。お前の横に居るそのスープのだしにする様な女など、飢餓が来たら真っ先に命を落とすだろう。今は食料も豊かであるが、それに対しあぐらをかくことは許されぬ。よって、この様な宴においては、まず出された料理を味わい尽くすことが我が国のマナーであることを、お前は本当に忘れてしまった様だな」
「いえ父上、本当に肥満は健康には」
「他の国ではそうかもしれんな。だがお前はこの国の第一王子ということを忘れたか?」
「いえだからこそ」
「現に」
陛下はゆったりとしたお声周囲にを響かせます。
皆そのお声にうっとりと致します。
そう、そのお体であるからこそ、このお声があるのです。
「わが国の平均寿命は他国よりずっと長いのだぞ」
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