佐藤と言う少年

「佐藤義昭くんのお母さんですか」

「はい」

「フリンちゃん、ちょっと上に行ってて」

 その場にいたフリンに、上の階の住居スペースで待つように言う。フリンは首を縦に振って事務所から出て行った。

 恵は、佐藤の母親だと言う女をソファに座らせる。

「今日、義昭がこの子に暴行を加えたと聞きまして── どうか告訴だけは」

「しませんよ。たかが子供の喧嘩に告訴だなんて、ですから落ち着いてください」

 すると母親は、静かに話し始めた。

「義昭が今のようになってしまったのは小2の頃に夫が起こした事故がきっかけなんです──」

「事故?」

 恵がその言葉に引っかかった。

「私は結婚当時、駆け出しの占い師でした。夫は私と義昭を養うために四六時中長距離トラックに乗って走っていたんです。ですが──」

「ですが?」

「夫が事故を起こしたんです。夜中の高速で、乗用車2台と大型車2台を4台を巻き込んだ大事故で、3人が死亡しました。それに、事故原因が夫の違法薬物の使用だったんです」

「違法薬物!?」

 恵はその言葉に驚いた。

「はい── 夫の遺体の血液から成分が検出されたんです。トラックのコンテナからも隠されていた薬物の入った袋が出てきました」

「よほど苦しかったんでしょうね──」

 恵は静かに察して言う。

「そのあと、夫の借金が発覚して取り立て屋が家に来るようになりました。満足した金額を取れなかったら私たちに暴力を振るうのです。それが義昭にもストレスになって学校で暴力を振るうようになりました。そのせいで、公立でたらいまわしにされて3か月前に転校した聖サクラ学園に落ち着いていたのです」

 恵は母親の言葉を静かに聞いていた。

「あの── 義昭君は今どこに?」

 恵は母親に義昭の居場所を聞く。母親は考えるような仕草をして言った。

「多分── オー横じゃないですか?」

「オー横ってあのオー横ですか?」

 恵は「オー横」という単語に聞き覚えがあった。

「はい、今ニュースなどで散々取り上げられているあのオー横です」

 母親はそう言うと泣き崩れた。

「分かりました、私が義昭くんを連れ戻してきます」

 恵はそういうと、立ち上がった。

「お母さんはご自宅で待っていてください」

「え、いやでも」

「大丈夫です」

 母親を帰らせると恵は上の階に上がった。

「フリンちゃん?」

 2Kの部屋を歩き回りフリンを探す。

「もしかしてもう寝ちゃった?」

 寝室の扉をそっと開けた。すると、暗い寝室のベッドの上で半目で壁に背中をつけて体育座りをするフリンがいた。

「フリンちゃん?」

 恵が名を呼ぶと、フリンは恵にゆっくり顔を向ける。フリンは眠そうな目で恵を見つめた。

「ちょっと今から義昭くん探しにいくからフリンちゃんも来なさい」

 恵はそう言うと、フリンが恵を見つめた。




「──怖い」




「大丈夫よ。私がいるんだし── さあ、行くわよ」

 そう言うとフリンの手を引っ張る。

 フリンは目を丸くして恵に手を引かれて立ち上がる。



「ほら、下を見てみなさい」

 恵はフリンを箒に乗せ、夜の東京の上空を飛んでいる。そして、恵はフリンに下を見るように言う。

 フリンは、両手で恵の腰をギュッと掴み恐る恐る箒の下を見る。そこに見えるのは、数兆個の光から出来た東京の夜景だった。

「空から見ると世界はこんなに広いのよ」

 恵はフリンに東京の夜景を見せてそう言う。

「フリンちゃん、夜の公園で会った時に川に飛び込んで自殺しようとしたでしょ? 言っておくけ──」

 その時だった。2人のちょうど真上を着陸体制に入った旅客機が轟音を響かせながら通り過ぎて言った。

「──のよ」





「──え?」




 フリンが聞き返す。恵はもう一度言おうとする。

「だから──」

 すると、今度は離陸したばかりの旅客機が2人の真上を轟音を響かせながら通り過ぎた。

「──また今度言うわね」

 落胆した表情で恵は言った。

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