財布

「やっと帰れた──」

 恵はぐったりした様子で、事務所の上の階の家に入った。

「下で何か食べよ」

 恵が事務所を構えているビルは、恵が所有する持ちビルで4階建ての構造になっており、1階はどっかの怪しげな不動産屋、2階は飲食店になっている。

「らっしゃい! 愛坂さん」

「醤油ラーメン一つ」

 店に入った恵は、丸坊主の店主に醤油ラーメンを注文しカウンター席に座る。

「どうしたんでぇ? 浮かない顔してよ」

 威勢のいい店主に聞かれ、恵はただ

「なんでも──」

とだけ返した。

「へい、ラーメンお待ち」

 店主がラーメンを出し、恵は割り箸を割って食べ始めた。

 麺を啜っていると、店に置いてあるテレビから流れた番組が耳に入った。

「西田総理は就任後10年は、『消費税増税で財政赤字を埋めるつもりは無い』と発言したのにも関わらず、サラリーマンの控除の引き下げや走行距離税の導入を検討。一方、年々進む少子化や増加傾向にある子供の貧困、児童虐待に関しては──」

「児童虐待──」

 恵は、その言葉がやけに耳に残った。今思い返すと、昼間の少女も仇と傷が多数あった気がした。

「──ああ、何考えてんのよ!」

 恵は、少女の事を一刻も早く忘れようとしていた。だが、なぜか忘れられない。

「西田かぁ〜 いい加減辞任くれねぇかな〜」

 店主が愚痴を言った。

「そもそも民自党がオワコンなんだよ」

 他の客がそう言う。

「ご馳走様──」

 恵は、静かに席を立って勘定を払おうとレジに向かった。

「えっと合計で480円」

 店主がそう言いながら、レジを操作する。恵も、レジの画面に表示された値段を見てポケットから財布を探す。

「えっと財布財布── あれ?」

 スカートやジャケットのポケットを漁っても、財布がない。

「まさか── あのガキ! 財布を盗んでたのか!」

 恵の頭に、怒りが込み上げてきた。自分を散々侮辱した上、警察が来たら被害者面で逃げていく。そんな少女が恵は許せなかった。

「今度来た時にツケてくれる?」

 恵は、店主に頼み込む。店主は珍しそうな顔で了解してくれた。


「たく、あのガキ! 人をビッチなんだの言って── その腐った性根を叩き直してやるわ!」

 恵は意気込んで箒に跨る。そして、暗い夜の空に消えていった。

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